第359話 不器用な僕は運も悪い
その後、何度かポータルでの休憩と、ダンジョンから出ての休憩と各種連絡などをしながら、僕らは15層に辿り着いた。
「一応目標階層には到達したけど、ちょっとだけ時間に余裕があるね。16層まで頑張ってみる?」
「君の、体力、どう、なってるの?」
ポータル傍の床に座り込んだ小鳥遊ユウが大きく肩を揺らして息を吐いている。
けど、君はずっと僕にしがみついてただけだよね。
まあ、これだけ長時間しがみつくのも大変だとは思うけど。
「日々の鍛錬とレベルのおかげかな」
「ボクだって、毎日、走ってる、んだけど……」
そうかも知れないけれど、君はなんというか僕と一緒で、筋肉とか付きにくいタイプの体つきだよね。
細い腕でしがみつき続けるのはかなり大変だと思うよ。
「もう1層だけ頑張ってみよう。その分明日が楽になるんだから。いけるいける。がんばれ。がんばれ」
この辺りの階層のモンスターならまだ僕の蹴りでも一撃か、まあ、悪くて二発。
そこはまあ、攻撃するときの助走にもよるよね。
「もー、分かったよ。もう1層だけだからね」
体力が回復したらしい小鳥遊ユウが膝を押さえながら立ち上がる。
本当は中回復魔術を使ってあげたいんだけど、流石に魔術はまだ秘蔵だ。
いずれ公開はするけれど、発信元が僕であることは隠したい。
ふよんと柔らかい小鳥遊ユウの体が背中に乗る。
うーん、いま気付いちゃったけど、君、ブラしてないよね。
少なくともワイヤー入ったタイプのは。
スレンダーなタイプだから、スポーツブラとかでいいのかもしれないけど、そこは詳しくないから分からない。
とにかく背中に当たる感触がひどく柔らかいということだけ分かる。
いや、分からないということにしておこう。
小鳥遊ユウが休憩している間に頭に叩き込んだマップ通りに15層を走り出す。
モンスターは相変わらず機械型だけで、生物タイプのモンスターは出てこない。
これってちょっと怖いよな。
生き物を殺すという感覚を知らないまま、レベルだけが上がっていって、その暴力がダンジョンの外で振るわれるかもしれない。
前方に現れた犬型の機械モンスターを正面から蹴りつけ、頭部を破壊する。
このゲームにヒットポイントは無いから、相手を倒したという判定は命を奪ったかどうかなんだけど、機械の場合は行動不能になることが当てはまるようだ。
生き物なら心臓や頭部を破壊すれば死ぬのと同じで、機械モンスターは稼働を続けるための重要部位を破壊されたら消滅して魔石を残す。
つまり、頭部破壊が確殺ではないということだ。
壁まで吹っ飛んで、叩き付けられ転がった犬型の機械はそれでも起き上がった。
その胴部にもう一撃。
これで犬型の機械モンスターは動きを止め、消滅して魔石を残す。
うーん、ざっくり70万円かあ。
流石に拾い上げて、カバンに入れた。
今日はここが最終階層なのだから、お金稼ぎを兼ねてもいい。
「ここでの稼ぎは五分五分でいい?」
「ええ? ボクに取り分あるのおかしいよ!」
「その主張も分からないでもないんだけど、僕が勝手にユウをパワーレベリングに連れてきてる以上、その取引はそこできっちり済んでいるんだよね。それとは別にこの魔石でお金を稼げるんだから、そこは等分でいいかなって」
「ヒロがいいならいいけど。ちなみにそれいくらくらいになるの?」
「最低で70万くらいかな」
「ななじゅうまん!?」
背中の感触が強張った。
ぎゅっと首が絞まる。
苦しくはないけどね。
「半分。ユウの取り分は半分だって」
「半分でも頭がおかしくなるよ。ヒロ、今何秒くらいでこのモンスターを倒したの?」
「交戦時間なら2秒くらい?」
「時給だと?」
「3,600秒ずっと倒してる計算するの? それとも実際的に1時間で稼げる額の話」
「おかしくなっちゃうから、実際的にして」
「まあ、僕なら5分に1匹くらいは接敵できると思うから、12匹倒せるとして、840万円。ユウの取り分は420万円かな」
「時給420万円。結局あたまおかしくなっちゃった」
「まあ、専業探索者がとりあえず目標にするのが15層だからなあ」
この階層が限界という探索者だと1時間に12匹は当然倒せないし、時給も現実的な範囲に収まってくるだろう。
時給20万円とか、その辺?
現実的、とは?
「いったん16層へのポータル開通させたら稼ぎでもする? でもそれなら16層で稼いだほうが。それなら17層へ向かっても……」
「16層に到着したら終わりにしよ。おかしくなってしまう。ボクのあたまが」
「まあ、流石にユウを背負いながらだとキツくなってきたし、リヴが一緒の時のほうが効率いいか」
「うん。あれ? ヒロはリヴちゃんのこと、リヴって呼んでたっけ?」
「いや、まあ、そこは心境の変化がありまして」
書類上とは言え、結婚したからね。夫婦だからいいかなって。
「ふぅ~ん、やることやってんだね」
「なんか誤解がある気がする!」
僕は小鳥遊ユウを背負って走りながらそんなやりとりをする。
そろそろ16層へのポータルだな、と思って角を曲がった時だった。
通路の先に一匹のモンスター。
機械型のモンスターであることにはなにも違いはない。
違いはないのだけど、そのモンスターは、人の形をしていた。
「――!?」
僕は思わず足を止める。
潜伏スキル、は、間に合わない。
相手からの敵意が発生した。
ぞくりと僕の背筋を走り抜ける感覚。
明確に今までのモンスターとは格が違う。
絶対に、15層に通常出現するモンスターではない。
こんなものが徘徊していたら、誰も15層を目指そうとするはずがない。
「ヒロ、どうしたの?」
「ユウ、しっかり掴まっていてくれ」
自然と口調も真面目になる。
僕はユウのお尻を支えていた両手を外して、スタンロッドを腰の留め具から外した。
「僕の知る限り都庁ダンジョンに人型のモンスターは出ない」
「どういうこと?」
「23層以降、おそらくは27層より先のモンスターだ」
「そんなことあり得るの?」
「階層越え、より奥のモンスターが手前の階に出現、あるいは移動することはありうる。僕は以前にも遭遇したことがある」
「えっと、ヒロなら倒せるんだよね?」
「……」
答えられない。
嘘を吐くことには慣れているつもりだったけれど、それはお金のやりとりだ。
これは命のやりとりだから、言葉に詰まった。
「嘘、だよね……」
カチカチと謎の音を鳴らしながら、人型機械モンスターは接近してくる。
その速度がさして速くないことが、ありがたくもあり、恐ろしくもある。
それはアンティークドールと、殺人機械を掛け合わせたような姿をしている。
明確に人間を模倣して作られているが、関節部は球体で、腕の先は刃物のようだ。
背中側にも突起物のようなものが半分見えているが、それの役割は分からない。
人型であり、異形であり、明確に人を殺すための形をしている。
「感覚的には30層以上、僕が自由に動けて互角か、もしかしたらそれでも負ける」
「じゃあ逃げようよ」
「敵の攻撃手段が分からない。うかつに背中は見せられない」
なにより僕の背にはユウがいるのだ。
僕は長く息を吐いた。
いま彼我10メートルちょっと。
この距離で攻撃してこないということは遠距離攻撃手段は持っていないのか?
ここまでの階層に遠距離攻撃を使ってくる敵はそこそこいた。
階層がまだ浅いこともあり、流石に銃のような避けきれないようなものはなかったけれど、体の一部を飛ばしてくるようなモンスターは結構いた。
その延長で考えるとこの敵が銃を持っていても驚かない。
移動速度が遅いことが、逆に強力な遠距離攻撃を持っている疑いを僕に抱かせる。
僕はモンスターを正面に見据えたまま後退し、曲がったばかりの角に身を隠す。
ユウを正面に抱き直して一気に逃げようと思った。が、その瞬間、鋭い衝撃音がして、まだ少し距離があったはずのモンスターが目の前に現れる。
「――!?」
いきなり移動速度が増した!?
いや、また遅くなった。
僕の後退速度とほぼ一致。
これ以上早く後退はできない。
嫌な感じ。
つまり弄ばれているという印象。
メルの両親の仇、アーリアの20層イレギュラードラゴンのことを思い出す。
あいつは僕らを見た途端にダンジョンのモンスターとしてはあり得ない逃走という手段を取った。つまり意思があった。感情があった。
同じような感触をこいつからは受ける。
イレギュラーの階層越え、機械なのでこの表現でいいかは分からないけど受肉している!
なんで僕のところにばかり!




