第355話 自分が自分じゃない
小鳥遊ユウが男の子だって!?
「――!?」
いきなり差し込まれた大型爆弾に僕はびっくりして足を止める。
「あはは、半分本当で半分嘘。ボクの体は確かに女の子だけど、そのことにずっと違和感があるんだ」
「性別違和か……」
「難しく言うとそう言うみたいだね。あんまり心配をかけさせたくないから病院にかかっているわけじゃないよ。ボクの王子様っぽさはキャラ付けというより、ボクがそうなりたい姿って感じかな。素のままとまでは行かないけど、無理にキャラを演じてるわけでもないんだ」
「へ~、道理で格好いいと思った」
「はは、肯定してもらえるのは嬉しいね。ヒロはそうだって分かってたから言う勇気が出たんだけどさ」
年齢は一緒なのに僕と比べるとずいぶんと背の低い王子様は苦笑いを浮かべてそう言った。
「でも心が男なんだったら、なんでアイドルグループに?」
「中々に複雑な経緯があってね。これは話すと長くなるんだけど、僕が一向に女の子らしくならないことを心配した母が、アイドルになれば女の子らしくなるんじゃないかと勝手に応募したんだ」
「前置き必要だった!?」
「ごめんごめん。アイドルになった経緯を聞かれたときにいつもやってるネタだからつい出ちゃった」
てへぺろと小鳥遊ユウは舌を出して笑う。
「幸い咲良社長はうまく着地点を見つけてくれた。服装だけは女の子だけど、全力で男の子をやっちゃいなさいって言ってくれてね」
なるほど。
咲良社長らしいと言えば咲良社長らしい。
でもそれは同時にこうも思わせられてしまう。
属性被りを避けてアイドルグループを作っていく中で足りないピースを埋めるために、実力では劣っていたけれど、ボーイッシュな子を入れたかったのではないか?
「ボクはボクなりに楽しくやっている。けれどその心の問題とは違うところで壁に当たるとショックだよね。心が男の子であることが原因なら言い訳ができるけど、実力が足りてないのはそうじゃないよね。努力が足りていないとも思わない。だからこれは純然たる才能の差、ということになるんだろうなあ」
「僕は演劇スタイルを推したときに、高い目標を設定した方が伸びると言った。ユウは橘メイを目標にしてるだろ? その性質じゃなくて、才能に対して」
「そうだね。やっぱりメイはすごいよ」
「僕は前言を撤回しない。目標は高く持つべきだ。より高くを目指したほうが、結果的に到達できる地点も高くなると思う。けれど、こうも思うよ。というか、言われたんだけど」
タクシー運転手の言葉は決してそういう意味ではなかったけれど。
「日々は積み重ねなきゃいけないんだ。上だけ見てたら何度も転けることになる。普段は足下を見て、ひとつずつ積み重ねていくんだ。そして時々上を見て、目標地点を確かめるくらいでいい」
「そうだね。ボク自身はそうしているつもり。だけどつい見ちゃうんだろうな」
あーあ、とユウは両手を頭の後ろで組んだ。
「ボクが本当に男の子だったら、メイも振り向いてくれたのかな?」
「あー」
そうか、意外だ。
いや、当然だ。
だって橘メイは一般的に考えたら可愛すぎる。
自分に近付いてくる男の子はみんな自分のことが好きになっちゃうと豪語していた。
なら心が男の子であるユウだって例外ではない。
「恋のライバル……、でもないか、ボクは相手にもされてないんだからさ。ヒロに相談するのも変な話だよね。この嫉妬心はボクが勝手に抱いているものだ。ボクは歪んでいるな。心と体がバラバラで、気持ちもバラバラだ」
「橘メイはユウの心の問題のことは?」
「言ってない。言えるわけない。彼女は男が欲しいとか言ってるけどね。本質的にはとても臆病な子だ。ボクの心が男だなんて知ったら、怖がられてしまう」
そうかなあ?
でも確かに橘メイは押しに弱いところはある。
こっちがぐいぐいと行ったら、抵抗できないんだよな。
流されやすいのとも、ちょっとだけ違う。
たぶん、状況への理解がワンテンポ遅いのだ。
理解したときにはもう手遅れで、受け入れるしかなくなっている。
そこで強く拒否できないところが流されやすいって言うのかもしれないけど。
「それで百合っぽくアプローチはかけてみたんだけど、失敗だったな。メイはすっごくノーマル性癖なんだ」
「橘メイは真っ直ぐすぎてちょっと怖いところあるな。王道ど真ん中を脇目も振らずに突っ走ってるというか」
「それがメイのいいところだからね。本当は単独で活動させてあげたいんだ。そうすればもっと売れると思う。真っ直ぐどこまでも行ってしまう彼女を見たい気持ちもある」
気持ち[も]ということは、違う気持ちもあるということだ。
「心は男なんだって打ち明けて、改めて告白してみたら?」
「メイは悪気はないんだろうけど、そういうのに理解がないからね。嫌っているというより、理解ができない感じ」
あー、[なんで女の子なのに心が男なの? そんなことある?]ってマジレスしてくるのが容易に想像できる。
感性が素直な小学生のままなんだよな。
「そのモヤモヤした気持ちのせいでパフォーマンスが落ちているということはない?」
「むしろダンスに乗せて昇華してる気がするんだよね。自分の感覚としてはすごく調子がいいんだ」
「じゃあ僕が橘メイとイチャイチャしたらパワーアップするとか?」
「おう、やるか。殴り合い」
ちょっと興味あるな。友情ベースの殴り合いは。




