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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第8章 輝ける星々とその守護者について

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第348話 親になる前に親になる

「すみません。本人に取引が終わったことを連絡します」


 水之江家を出た僕は神立さんに一言断りを入れる。


「ああ、それがいいだろうな。一応、移動はしながらにしようや」


 さっきまでシャッキリしたのに、ちょっとフラフラした足取りで神立さんは先に進む。

 うーん、酔っ払いってオンオフできるものなんか?


 僕はマネージャー用のスマホを取り出して、白河ユイの番号に電話を掛ける。

 着信音が二度鳴る前に通話が繋がる。


「もしもし、ユイちゃん。終わったよ。君のご両親は契約書に印を突いて、僕は金を払った。だから――」


 僕は一拍置く。

 大丈夫。たぶん、大丈夫だ。

 これができる限り最速のタイミングのはずだ。


「[調教]スキルを完全解除して欲しい」


「うおっ! なんだぁ!?」


 周囲から一斉に鳥たちが飛び立ち、小動物たちが走り去っていく。

 いや、周囲どころの話ではない。

 辺り一面、もしかしたら東京全域、あるいはその外側も含め、それは一斉に起きた。


 僕は僕自身に意識を向けていたが、変化は何も無かった。


 大丈夫だ。

 僕は[調教]スキルの影響を受けていたわけではなかった。

 そのことに心から安堵する。


 おそらくライブハウスの観客1,300人など白河ユイにとっては誤差に過ぎなかった。

 スキル熟練度84というのは、つまりその道の達人を遙か後方に置き去りにする数値だ。

 普通の人間では一生を懸けても到達し得ない領域。


 [調教]スキルの効果対象は制圧できる相手だが、これは状況に左右されない。

 一対一で制圧できるのであれば通るし、そうでなくとも熟練度のごり押しで割と通る。

 実際に僕も危ないところだった。


 おそらくだが白河ユイは常に[調教]スキルで命令できるほぼ限度数の動物を操っていた。

 そう考えなければあの異様な数値の熟練度には至らない。

 そして極力考えないようにしていたが、もしかしたらあの親も[調教]スキルの影響下にあったかもしれないのだ。


「なに? 気付かなかったけど地震でもあった?」


 覚束ない足取りで神立さんは言う。


「かも知れませんね。僕も気付きませんでしたけど」


 僕はスマホのマイク側を塞いでそう告げる。

 手を放した。


「ユイちゃん、ありがとう。今後[調教]スキルの使用を禁止する。自分の身を守るため以外に使ってはいけない。この命令は僕であっても解除できないものとする」


『分かりました。ご主人様の命令なら従います』


「いま周りに誰もいないよねぇ!?」


『――ヒロくん、私にもなにか命令してください!』


 いるじゃん! 鳴海カノンがいるじゃん!


 まあ、そうか。オフの日とは言え、いや、だからこそ親元を出奔した白河ユイを放っておける子ではない。

 鳴海カノンというのはそういう善性のある人間だ。


「じゃあ、命令じゃなくてお願い。ユイちゃんをちゃんと見ててあげて」


『なるほど。その分ヒロくんは私のことを見てくれる、と! 了解です。お任せください。あなたのカノン、あなたのカノンがちゃんとやり遂げて見せますから』


 なるほどじゃないし、僕のではないんだよなあ。


「じゃあ、早めに帰るか、カノンちゃんところでユイちゃんの面倒を見てね」


『はい! おはようのキスを待ってます! あ、ユイちゃん、待って。なんでそれを振り上げ――』


 通話は切れた。

 僕は110番に電話をするか少し迷って、スマホをポケットに入れる。


「大通りにタクシー呼んどくかなあ」


 危ない足取りでスマホを操作する神立さん。


 酔っ払いの歩きスマホは良くないよ。

 ……酔っ払ってなくても歩きスマホは駄目だよ!


「どこまで乗られます? 僕は駅でいいんですけど」


「うーん、もう一杯引っかけて帰りたいんだよなあ。付き合わない?」


「僕はお酒飲まないので」


「君ねぇ、人生の半分は損してるぞぉ~」


 夕令夜改かな?

 なんか語感がいいな。幽霊夜会っぽい。


「目標はクリアだって。あの親はさあ、今は大喜びしてるかもしれんけど、もっと年を取ったときに気付くんだ。ああいう手合いは老後を迎える頃には金なんか残ってない。家の中を見れば分かる。家のランクと調度品のランクが合ってなかった。なんなら借金すらあるかもしれんよ」


「そうなんですか?」


「ああ、そーだそーだ。そして金も仕事も無くなった時に気付くんだわ。面倒を見てくれるはずだった娘がいない、とね」


 ケケケと意地悪く神立さんは嗤う。


「最悪の発想だ」


「いるんだよなあ。そういう親が。親になったからって親になるわけじゃないからな」


「?」


 謎かけのような若手政治家のような、謎の言い方に僕は首を傾げる。


「親になったんなら親では?」


「おいおい~、今のは俺の語録だぞ。ちゃんと記録しとけよ。さて、そんなお前さんに俺はこう訊ねる。君は[大人]か?」


 その言葉は僕の心のど真ん中に突き刺さった。深々と。


「なりたい、と、そう願っています。そう、心から」


 成人の戸籍を買ったからって大人になるわけではない。

 本当の年齢が18になったからと言って僕の思う大人に自動的に変わるわけではない。


 僕にとって[大人]になる、ということは、とても複雑で多層的な意味を持つ。

 その条件を全てクリアできる日は、本当にやってくるのか、と思えるほどに。


「君はいくつだっけ? えーっと、確か二十歳だったよな。免許証見せてもらったよな? だとしたら法的には成人している。つまり[大人]だ。法も他人も誰もが君を[大人]として見るし、接する。それは君が[大人]だからか?」


 僕は首を横に振る。


「それはただ年齢が基準を超えたからでしかありません」


「そうだ。18になったからって人間が突然[子ども]から[大人]に切り替わるわけじゃないぜ。親だって同じだ。子どもができたからって親になるわけじゃないよ。子どものために生きると決めた人間だけが親になっていくんだわ」


「親になっていく……」


 それは、確かにそうだ。

 だって例えば、ものすごく飛躍した考えだけど、僕とメルの間に最初の子どもが生まれたとしよう。

 さて、その子を育てる僕はお父さん一年生だ。

 初心者だ。

 親は親でも親レベルは1だ。


 そしてそのレベルはちゃんと経験値を集めていかなければ上がらないのだろう。

 ただ漫然と子どもと一緒にいるだけでは、きっと親レベルは上がらない。


「親になる前に親になる準備はできないんでしょうか?」


「は? え? なに? そういう相手いるの? どの子? また別の子? 両親のいない子?」


「また別の子ですけど……」


「なんだこいつ!? こいつが裁かれるべきじゃない? 法で!」


 なに言ってんだ、この酔っ払い。

 今度から心の中で法曹崩れって呼んじゃうぞ。

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