第335話 受付さんが震えた日
「魔石の買取をお願いしたいのですが」
と、わざわざ言葉にするが、ここは魔石の買取所なので他に用事があるはずもないんだよね。
クッション言葉だよ。クッション言葉。
じゃあ、畏れ入りますが、って言え!
「はい。こちらにどうぞ」
魔石という単一のものを、規定通りに買い取る、という性質上、魔石の買取所には、この手の換金所にありがちが査定待ち時間が発生しない。
売りたい魔石を機械のトレイに置くと、自動でサイズ計測が行われ、価格が表示される仕組みだ。
一個一個計測が必要なので、大量に魔石を持ってくると時間がかかるけど、普通は小さな魔石をたくさんより、自分に可能な限り大きな魔石をいくつかのほうが稼げるため、そんなに時間はかからない。
うん。
僕は背負った登山用80L容量のバックパックを床に置いた。
うん。
この中には一杯一杯に15から20層級魔石が詰まっています。
いや、必要なのは最低10億円だからさ。
それってつまり10億円さえ越えていればいくらになっても別にいいってことじゃん。
どうせこの後、絶対に問い詰められるんだし、目一杯稼いでおこうね。
なお、アーリアの冒険者ギルドにはもっと大きな魔石がまだまだ預けてあります。
僕らのパーティってドラゴン対策で30層経験が一番長いから、僕の所有魔石は30層級が一番多いんだけど、これはギリギリ結界装置動かせるから、売るのは保留ね。
僕がバックパックから取り出した大体15層相当魔石をトレイに置くと、サイズ計測はすぐに終わり、デジタル表示器に金額が表れる。
[\720,000]
ふーむ。思ったより安い感じがする。
15層というと現代地球における専業冒険者のひとつの到達点だ。
それで1匹モンスターを倒して一人10万ちょいか。
命を賭ける価格としてどうなのかな、それは。
だけどそれは僕の感覚で、一般的にはリスクを取れる価格なのかも知れない。
一日に一匹しか倒さないというわけでもないだろうしね。
受付さんがさっと魔石を手元に引いた。
一応トレイに置いた時点では売却は終わってないという扱いだ。
これはあくまで査定なので、そういうことにはなっている。
でもまあ、実務はそうじゃないよな。
僕は次の魔石を置く。受付さんが取る。置く。取る。
10個くらいまではすいすいと取引が進んだけれど、僕が取り出し続けるので、受付さんの表情がだんだん険しくなってきた。
ごめんね。まだ十分の一も終わってないよ。
あとバックパックの下に行けばいくほど、魔石は大きくなっていくんだ。
日本における魔石の価格って、資源的価値+希少価値だから、15層くらいまでは希少価値部分がほとんど無い。
専業冒険者ならこれくらいは行けるからだ。
そうしているうちに一個の魔石に対して付く価格が百万を超え始める。
気が付けば総額表示は三千万を超えた。
魔石の売却価格って当然ながら、もしも外から見えてしまったらその人がそれだけのお金を得たと分かってしまうので、衝立があって周りからは見えないようになっている。
そこだけは安心だね。
なお受付さんの顔色が悪くなってきたよね。
総額表示は五千万を超えた。
僕はペースを落とさずにぽいぽいと魔石を置いていく。
いま一個の価格は二百万を超えている。
いま17層くらいかな。
バックパックの中身は三分の一くらいは減ったけど、ってところだ。
受付さんが僕に分からないようにデスク下のボタンを押すのが分かった。
僕、斥候職だからそういう動きには敏感なんだよね。
ぽいぽいしていくと、それから少し経って、ぞろぞろと完全武装の人たちが後ろからやってくる。
振り返らなくとも気配で分かる。
緊張が伝わってくる。
ああ、その人たちレベルがそこそこ高いから、僕の立ち姿で自分たちより遙かにレベルが高いと分かっちゃったか。
僕も分かるように立ってたしね。
つまり隙無く全周を警戒していた。
後ろから来たのは六人。
つまりパーティだ。
前衛っぽい人が四名。
斥候かな?が一名。
もう一人は多分回復魔法使いだと思う。
これくらいは振り返らなくとも分かるよ。
レベルは20前後かな。
年齢は30歳から40歳の間くらいの人たちだと思う。
つまりゲーム化時にすでに警察や自衛隊などで戦闘訓練を積んでいて、スタートダッシュを切れた人たちの内、若手、ということになるだろう。
現在の所属はちょっと分からない。
自衛隊かも知れないし、ダンジョン局のお抱えかも知れない。
多分後者かな。
ダンジョン局は国土交通省の外局なので、防衛省から人員を割り振ったりしないと思う。
ぽいぽいと魔石を置いていく動きを止めない。
魔石は19層のものになり、一個が一千万を超え始めた。
流石にバックパックの半分以上は終わったよ。
総額表示は10億を超えている。
一応、目標金額には届いているけど、バックパックの中身は残ってるからね。
どんどん置いちゃおうね。
涙目になりながら受付さんが魔石を回収しているけれど、仕方ないよ。
僕の後ろから来ている彼らは僕のレベルが少なくとも30を越えていることは分かるだろう。
人間の姿をしたドラゴンを目の前にしているような気分のはずだ。
実際には41なのでもっとヤバい。
僕は単独でもドラゴンに勝てる自信がある。
時間はかかるだろうけど、できる。
もちろんダンジョン局という組織や、その集団全体に勝てるとは思ってないよ。
でもこの場だけなら制圧できる。
その自信が、僕を揺るぎないものにする。
その揺らがなさが、相手にも伝わる。
ぽんと置いた魔石一個が三千万。
20層のものだ。
大体階層が上がる度に倍々に増えていた価格が、ここだけ大きく跳ね上がった。
まあ、確かに10層毎に一段階敵が強くなる感じあるよね。
ただ魔石のサイズ的には価格以上の上昇を感じる。
希少価値が付き始めたのかな?
悪いね。
その希少価値、薄れさせてもらうよ。
三千万がぽんぽんと鞄から出てくるので受付さんはもう卒倒しそうだ。
別に君の財布から払う訳じゃないから別にいいよね。
あ、そうか、僕も事情聴取を受けると思うけど、多分君もだよね。
可哀想。
ちょっと他の受付嬢より可愛かったのが運の尽きだったね。
いたっ、イマジナリーメルさん、最近出番多くない?
僕はバックパックの中にあった最後の魔石をトレイに置いた。
三千万が追加され、最終総額は、まあ、大体32億円くらいだ。
いま僕は一千万単位を端数切り捨てしちゃったのか。
端数、とは?
あたまおかしくなってるな。
「総額これで大丈夫です。精算でお願いします、と言いたいところですけど――」
僕はニッコリと商人の笑みを貼り付けて振り返る。
「その前にどうやらお話があるようですね。いいですね。僕は好きですよ。お話するの」
交渉の時間だ。




