第328話 責任を取れ
九重ユラが眠りに落ちるのにそれほど時間はかからなかった。
時間はもう深夜を回っていたし、彼女の言動はともかく、見た目は幼すぎるというほどでもないけど、僕と比べたらやっぱりまだ子どもだ。
咲良社長がマイフレンドを拐かしてから、割とすぐに九重ユラは僕の腕の中で寝落ちした。
うーん、これ、どうしたらいいやつなんだろう。
ベッドに寝かせてあげたいけど、個室には入るなって念を押されちゃったから、このままリビングにいるしかない。
ようやく落ち着いて部屋の中を見回してみたけど、ごく普通の3LDKかな、これは。
逆に言うと独身女性が住むにはちょっと大きい。
咲良社長の場合、九重ユラを拾った関係で引っ越したのかもしれない。
小鳥遊ユウが普通に出入りしていることからして、ステラリアのメンバーは頻繁に出入りしているのかもしれない。
事務所からはちょっと距離があるけど、まあ、家賃とかあるもんな。
まさか経費じゃないよな?
ええと、どうなんだっけ?
法人格であるブリギットがこの部屋を借りて、社長は社宅として利用している、ということにすればオーケーなんだっけか?
まあブリギットの場合、負債を抱えて倒産したら無限責任社員が負債を全部おっ被ることになるので、咲良社長は経費を無駄遣いはできないけど。
あれ? あのダメになったスーツは?
深く考えないでおこ。
とりあえずソファに寝かせておこうか。
そう思ってソファに近付いて行く。
僕が身動きしたからか、九重ユラの僕の頭を抱く手に力が入る。
「パパ……」
寝言だ。
ただの寝言だ。
だけど彼女の手に籠もった力が、言葉が、父を求めるそれであるのは、僕にだって分かる。
どんなに僕が愚かであっても分かる。
なんで!
どうして!
子どもを置いて逝ってしまうんだ!
九重ユラの両親だけじゃない。
メルの両親だってそうだ!
なぜ子どもがいるのに危険な職業を選んだ。
もっと安全な職は絶対にあった。
給料は少ないかもしれないけど、危険の少ない職場はあるに決まってる。
ああ、でも、僕が親だったら?
メルとの間に子どもが生まれて、その子の未来を考えたら?
――金がいる。
金がその子を幸せにするわけではないけれど、その子の未来を広げてあげることができる。
行き先を選ぶようになれる。
子どもに金の無い未来を強制しなくて済む。
子どものためを思えば、多少の危険など見えなくなる。
いや、むしろ子どものために無茶をしている自分が誇らしくなるかもしれない。
この子のために自分はこんなに犠牲を捧げているのだと、そんな自分に陶酔するかもしれない。
言葉が強かったかな。ごめん。
メルや九重ユラの両親を悪く言いたかったわけではないんだ。
これは僕がそういう思考回路の人間で、それは中々変えられないって話なんだ。
そして僕のこういう考え方は間違いだ。
僕自身の指向だけど、間違いなくそう言える。
残された子をいま抱きかかえているから、断言できる!
先に逝くなとは言わない。
親はどうしたって子どもより先に逝くし、逝くべきだ。
だけどそれは子どもの自立を見送ってからだろ?
子どもたちが飛び立っていくのを見てから、終わりに向けて準備を始めるのだ。
人生とはそういうものだ。
少なくとも僕はそう思っている。
そこまでは責任があるんだ!
避けられない事故はあるだろう。
どうしようもない不幸はあるだろう。
でもそれを避けるために努力を払うべきで、ダンジョンに潜るなら、クソッ!
きっと僕だって子どもができても危険を冒す。
ダンジョンに潜るかどうかは分からないけれど、今しているみたいに危ない橋を渡り続けるだろう。
それはそれが僕の性分だからだ。
変えられない性質だからだ。
変わろうと努力をしても、どうしたって根っこの部分が変わらない。
要はそういうことなのだ。
僕のような人間が子どもを持つのであれば、バックアップをしっかり用意しなければならない。
自分が突然いなくなることも計算に入れるのだ。
いわゆる生命保険なんかもそういう仕組みだよな。
自分の突然死を計算に入れるためのものだ。
彼らには考えが足りなかった、あるいは浅かった。
もしくは本当のところでは自分が死ぬなんて思っていなかった。
そりゃそうだ。
本気で自分が死ぬことを前提で動く人間なんてそうはいない。
若いのであれば尚更だ。
でも小さい命をその手に抱いたのであれば――、自分無しには生きられない命を望んで得たのであれば――、その責任を果たせよ!




