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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第8章 輝ける星々とその守護者について

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第324話 毒を食らわば

 僕と咲良社長は今すぐとりかかるからと印刷屋に町工場から追い出された。


「さて」


 腕時計を確認して咲良社長が言う。


「次は何が始まるの?」


 うーん、ブリギットに戻るには微妙な時間だ。

 今から戻ると到着する頃には22時を過ぎてしまう。


 僕は咲良社長に促されるがまま、何も考えずに元々の予定を口にする。


「今日は時間があれば婚姻届を出しに行こうと思ってたんですが」


「婚姻届!? 私まだサインしてないんだけど!?」


 咲良社長が素っ頓狂な声を上げる。


 はい?

 ……はい?


「なに、……なに言ってんですか。僕とオリヴィアに買った戸籍をくっつけて、それぞれの親から分籍するんです。結婚以外での分籍って怪しまれますからね」


 一応、説明しておくと、戸籍というのは一人の人間の出生から死亡までの記録だ。

 そしてそれはひとつの家族で一括りとなる。

 生まれたときは当然親の籍に入り、基本的には婚姻によって新しい家族が発生すると親の籍から外れ、新しい戸籍がひとつ誕生する。

 もちろんこれは双方が初婚の場合の話で、それ以外だと違うけど割愛するよ!


 相応の理由があれば自分の意思で籍を抜けて自分の戸籍を持つことも可能だが、さっきも言ったように戸籍って出生から死亡までの記録だから、婚姻以外の分籍って記録に残る。

 近々電子化されてどこの自治体でも全ての戸籍を取れるようになる予定らしいけど、今のところ自分の出生から現在までの戸籍を調べたければ、自分の戸籍の本籍地を辿るように、各自治体に戸籍を依頼しなければならない。


 つまり分籍するだけで、後から調べるときに面倒なことになるってこと!


「あ、なるほど。なるほど。なるほど? オリヴィアちゃんの戸籍も買ったの?」


「ロシア系の血が濃く入った18歳の戸籍が手に入ったんです。一応、これでオリヴィアも日本に実在する人物ということにできました。ただ親がちょっと、なんというか、たぶん、ロシアの工作員なんじゃないかなぁと、僕の予想ですが」


「はぁ~」


 咲良社長は長々と息を吐いた。


「すぅぅぅ、はぁ~~~」


 わざわざ大きく吸いなおして、また長く吐いた。

 もちろん大きく両手を広げて、そして狭めた。

 いつものリアクション芸だ。


「そこで念のため親の籍から抜くために、僕の二重戸籍である三津崎湊の籍に入ってもらうというか、僕の方が彼女の籍に入るというか」


「この空気で説明続けんのかいっ!」


 いや、だって他にどうしたらええのん?


「君は本当に何者なの? そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」


 そうだね。

 咲良社長にはもう少し情報を開示しても良いと思う。


 知っていてほしい。

 僕らのことを。


「本当にただの高校生だったんですよ。本当に。なんなら出来の悪い方で。いや、方ってレベルじゃなかったな。劣等生、いえ、底辺でした。オリヴィアと出会って何もかもが変わった。僕は彼女に捧げるために全力を尽くした。ええ、何も無い僕が少しでも価値を積み上げ、言葉通り捧げるために」


「それは――」


 咲良社長が息を飲む。

 彼女が何を考えているかはなんとなく分かる。

 この人は子どもの気持ちに寄り添おうとする人だから。


「大丈夫です。もう間違いは正しました。僕には価値が無くて、彼女が世界一特別で、なんて僕の妄想でした。だけどそれまでにしてきた僕の努力にはちゃんと意味があって、気がつけばこう、ですよ」


 僕は肩を竦める。


「僕の秘密、というか、僕の知っていることをひとつ開示します。咲良社長。口外しないと約束してくれますか?」


 少し考えてから、咲良社長は頷いた。

 僕の言葉が冗談ではないと分かってくれたようだ。


「……分かった。約束を破れば命は無い、くらいには思ってるわ」


 真剣な口調に僕も頷き返す。

 これは本当に命のかかった情報だ。


「運営がイベントとして世界を危機に陥れる可能性があります」


 僕の言葉に咲良社長はきょとんと言う顔をした。

 意味が分からない、という顔。


「イベント? 今更?」


「プレイヤーが現れ始めたら予兆です。あるいは先にイベントが起こる可能性だってある」


「プレイヤー? いまプレイヤーって言った?」


 咲良社長は気付く。

 世代的にゲーム化(ゲーマライゼーション)以前の人だから、ゲームに接する機会が元々あった人なのかな?


「開示した秘密が二つになってしまいましたね」


「プレイヤーがいるの? このゲームに?」


「僕もまだ遭遇したことはありません。ですがオリヴィアは確信している、というより知っているという感じでした。彼女は会ったことがあるのかもしれない。今度聞いておきます」


「知りたくない! 知りたくない!」


 咲良社長は首をぶんぶんと横に振る。


「つまりですね。咲良社長。僕はいつ来るか分からないイベントに備えて、人類、このゲームのNPCたちを強化しておきたい。またその安全をできるだけ確保したい。そこでさっきの装置、というわけです」


「待って、受け入れられない。私たちはNPCなの? 自分自身の主役ですらないの?」


「運営からしたらそうかも知れませんが、僕らがどう思うかは僕らの自由ですよ」


 僕が時間を掛けて噛み砕いた事実を、咲良社長はいま初めて口に入れたのだ。


 その苦い味わいは吐き出してしまいたくなる。

 そして二度と口には入れたくない。


「――だとして、あれは、なんなの? いや、待って、聞いたら引き返せないやつ?」


「咲良社長の協力が欲しいという気持ちはあります。ですが無理強いもしたくありません。あれは結界装置です。モンスターを追い払う空間を生み出せます。ただ稼働にはある程度の大きさの魔石が必要です。以前お見せしたものより大きなものです」


「無理強いしたくないって言って、全部言っちゃってるじゃないのよぉ!」


 咲良社長は頭を抱える。


「……つまり君はこう考えているのね。ダンジョンとは関係なく世界にモンスターがあふれ出すかもしれない。それに備えて人々のレベルを上げる。結界装置を普及させる。そのためにオリヴィアちゃんの発言力を強くして利用する」


「僕の第二の目標はそれで間違いないです」


「第二? 一番の目標は別にあるのね?」


「もちろん。オリヴィアを幸せすることです」


「聞いた私がバカだったわ」


 咲良社長は天を仰いだ。

 空に月は無く、東京の空は地上の星に焼かれて何も見えない。


「協力するとは言えない。できると思えない。だって話があまりにも大きすぎる。私はたかだか芸能界の闇と戦うことにだって入り口に立ったばかりよ。私に何ができるの?」


 何ができるか。

 そんなのは決まっている。


 僕は指差した。


 花伝咲良を。

 星々の守護者を。


「僕は貴女が傷つきながら戦っていることを知っている。斃れないでください。戦い続けてください。そして勝ってください。貴女が貴女の道を征くことが、僕の心を支えてくれる」


 僕の発した言葉をしばらく咲良社長は噛みしめていた。

 そして言った。


「……そうね、私たちの道は交差しただけ。最初からそうだったわね。忘れてないわ。私はちゃんと約束したもの。目的地に着いたら下ろすって。だからそこまではちゃんと連れて行く」


「ありがとうございます。僕も可能な範囲で貴女の目的に力を貸すと約束します」


 咲良社長が僕を睨む。

 怒っているというよりは呆れている顔。


「その可能な範囲ってのが、私の全力を余裕で超えていきそうなんだけど……」


「そこはやり過ぎないように自重したいとは思っていますよ。……本当ですよ」


 話しながら歩いているうちに歌舞伎町の近く、代筆屋の雑居ビルに到着した。


「さて、裏社会第二弾です。二千万置いてくると言ってしまいましたから行ってきますけど、どうされます?」


「もうこうなったらテーブルまで食うわよ」


 皿までにして!

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