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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第8章 輝ける星々とその守護者について

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第322話 暗がりで見る月

「はー、よくできてるわね」


 三津崎湊の運転免許証をじーっと見つめながら咲良社長が思わずという感じで呟く。


「そりゃそれがお仕事だからな」


 出来映えが満足だったのか偽造屋はソファに座って一升瓶からグラスへと中身を注いで呷った。


「なんか全部機械任せなんですね。こういうのって職人芸とかだと思ってましたけれど」


 僕がそういうと偽造屋は不満げに返してくる。


「なんだよ。俺の職人芸がみたいなら、カンボジアのパスポートとか依頼してくれ」


「カンボジア? なんで?」


「そりゃあ、いま高飛びするならカンボジアだろ?」


「そうなんですか?」


 なんか日本から逃げるときってタイとか、フィリピンの印象があったけど。

 そっちに逃げる人が多いから、敢えてってことなのかな?


「日本から近くて、物価が安い。観光客が多いから紛れ込みやすい。カンボジアでも駄目になって逃げるとしてタイに行ってもいいし、ベトナムでもいい。ラオスはやめとけ」


「高飛びする予定は無いですよ」


「いま作っておけばパッと日本から逃げられるぞ。日本から逃げるときに素のパスポート使うわけにもいかんだろ」


「どうせパスポートは二つになる予定なので。本物が」


「ああ、そういうことか」


 そういうことなんですよねえ。


「まーいいか。とにかく日本の身分証明書は手でどうにかできるもんじゃねーよ。値段が張るのも、こいつらの費用回収みたいなもんだ」


 偽造屋はそう言って機械類を指差す。


 確かにお高そうですもんね。これ。

 逆にどうやって手に入れたんですかねえ?


「今後、また身分証が必要になった場合は直でお願いできるんでしょうか?」


「俺としちゃあ、代筆屋を通してほしいところだね。あいつがこの場所を教えるくらいだから、気に入られているんだろうが、俺からしたらアンタみたいなガキが汚い金を抱えてくるのはこえー」


「まあ、確かに」


 歌舞伎町の代筆屋が資金洗浄してくれる前提で引き受けてくれたようなものだ。


「まあ、面白いもんも見られたし、次は安くしてやるよ」


「面白いもん?」


「東雲ひな」


 室内をうろうろしながら機械類を見ていた咲良社長がビクッとする。


「スーッとテレビから消えていったのかと思ったら、こんな社会の底辺で見かけることになるたぁな」


 咲良社長は真面目な微笑で偽造屋に向き直った。

 明確に警戒していると僕には分かる。


「印象変えてるつもりなんですけど、分かります?」


「ファンの目は誤魔化せんよ」


 偽造屋は急に優しい口調でそう言った。


「ファンって、私はあれだけ世間様を騒がせたんですけど」


 咲良社長は呆気にとられたようで、その貼り付けた仮面が剥がれそうになっている。


「なにかしらそういう事実はあったんだろうさ。だがマスコミが言うことを素直に信じられるほど真っ当な人生は送ってねぇんでね。そもそも俺からしたら話がちゃんと通らない。東雲ひなはそのまま真っ当に行けば大成できたはずだ。ファン心理かね、これは」


「……ありがとうございます。まさかまだ私にそう言ってくださる方がいらっしゃるとは思っていませんでした」


 そう言われた偽造屋は片手で持った一升瓶に直接口を当てて傾けた。

 そしてごくごくと喉を鳴らす。


「ケッ、礼なんて言うな。こっちは社会のゴミ屑だ。お天道様に顔向けできねえから、暗がりでゴミ同士で食い合ってるようなウジ虫だ。まあ、アンタはお天道様って感じじゃなかったな」


「そう、ですよね……」


「東雲ひなは月だった。夜空で輝いて、他の星を全部隠しちまう、そんな夜の女王だったよ。まあ、今はこうして沈んでしまったようだが……」


「……芸能界は見上げる空だけではなかった。この子から聞く、裏社会の人々のほうがまだ筋が通っているとすら思えるような、深い、深い闇のある世界なんです」


 罪の告白でもしているかのように咲良社長は言う。

 だけど偽造屋はカラカラと笑った。


「世の中そういうもんだ。そこら中、掘り返せば虫だらけ。あんたらはまだ若いから知らんだけさ。表に見えているものの裏側は大抵そうなんだ。例えば子どもが大好きな電車。なんでか知らんけど、子どもは好きだよな。電車。あんたらだって使うんじゃないか? 東京は電車じゃねーと不便だからな。電車に乗るときに使う改札。自動改札機だ。今だとSuicaをかざすだけでいいあれだ。さて、JR東日本はどこからあれを買ってるか知ってるか?」


「いいえ、流石に知らないですね」


 僕が答え、咲良社長も首を横に振る。


「JR東日本トラクトニクス株式会社という会社からの調達だ」


「名前からするとJR東日本の系列会社ですか?」


「JR東日本の100%子会社だな。社員数が1,000人を超えるいわゆる大企業だ。何をする会社だと思う?」


「改札機を作っているのでは? つまりメーカーですよね?」


「IT業界用語になるが、ここはベンダーなんだよな。自分のところで開発製造をしているわけじゃない」


「開発製造をしていない? でもJR東日本は自動改札機をこの会社から買っているんですよね?」


「そうだ。おまえさんくらいだとまだ社会の歪さは分からんか」


「すごく悪い言い方になりますが、中抜き業者だと? 自社グループ内で資金を環流させるために。本体の自動改札機調達費用を少し高めに設定しておいて、グループ内で抜く、と」


 咲良社長が注意深く言うけど、もうそれストレートパンチなんだよね。


「それもあるだろうが、本命は天下りの受け入れ先だと俺は思ってるね。つまり役員の席を確保するための会社なんだ。ぶっちゃけ改札機導入したいだけなら、東芝だろうが、オムロンだろうが、既存の良いメーカーがいくらでもあるだろ」


 この人、鉄オタか。

 しかも経営に興味あるタイプ。

 経鉄。

 新しい言葉できちゃったな。

 それもう経営者では?


「つまりJR東日本が政府に便宜を図るために存在している会社だと? 見返りは、まあ、色々考えられますね」


「改札だけでこうだ。この濃度が全体に広がってるんだぜ。いいか。世の中、見えているものは薄っぺらいテクスチャだ。剥がせば闇だ。人は自分の属している世界がそうであることは知っていても、まさか世の中全部がそうだとは思っていないからな」


 偽造屋は言う。

 この世界は張りぼてだ、と。


 張りぼての偽造証明書を作るこの人が言うからこその説得力がある。


「だがそれでもアンタらの嘘は輝いてたよ。それは間違いない。美しい嘘には価値があるんだ。だから金が集まるんだ。そうだろう?」


「はい。そうです。本当に。はい」


 咲良社長は深く、深く頷いた。

知らない会社ですねえ

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