第30話 メルとお菓子を食べよう
「じゃあまずポテトチップスから行ってみようか」
「これはなんなの?」
「ジャガイモを薄く切って揚げた物に塩を振って味付けしてあるだけだよ」
「ジャガイモ? 聞いたこと無いなあ。芋の一種なんだね」
「とりあえず食べてみて」
そう言って袋を開けたポテトチップスの袋をメルに向ける。
「じゃあ、とりあえず」
炭酸飲料でちょっと警戒させてしまったようで、メルは恐る恐ると言った様子でポテトチップスを1枚手に取ると、小さく囓った。僕は思わず噴き出す。
「それじゃ味がわかんないでしょ。パクッと行こう。パクッと」
僕も袋からポテトチップスを1枚取り出して一口にする。うーん、甘い炭酸飲料としょっぱいポテトチップスの組み合わせはやはり最強だ。カロリーを食ってて、体に悪そうなところが本当に美味しい。
僕が美味しそうにポテトチップスを食べるのを見て、メルも意を決したようで、小さく囓られたポテトチップスの残りを一気に口に入れた。
「しょっぱいけど、美味しい!」
「甘い飲み物と合うんだよね」
僕らはわいわい駄弁りながらポテトチップスを平らげた。
袋が空になると、メルにシュークリームの封を切って渡す。
「お楽しみの甘いお菓子だよ」
「わーい!」
炭酸飲料のショックはポテトチップスで消えて無くなったのか、メルはシュークリームに齧りつく。むにゅっとカスタードクリームが溢れ出す。
「あっまーい!」
口の周りにカスタードクリームを付けながらメルが破顔する。可愛い顔が台無し、じゃねーな。可愛い。手がカスタードクリームで汚れるのも構わずにメルはあっという間にシュークリームを食べきって、それから手に付いたクリームもペロペロと舐め取った。
「ああ、もう口の周りにクリームがついてるよ」
僕はハンカチを取り出してメルの口の周りを拭う。メルがどこかもったいなさそうにハンカチを見つめている。これまで舐めるとか言い出さないでね。
「ねえ、これでいくらくらいなの?」
「うーん、物価が全然違うから比較するのは難しいけど、まあ、銅貨2枚くらいかな」
僕の感覚では銅貨1枚100円換算くらいだ。
「安ッす! レッサーゴブリン一匹分だよ!」
レッサーゴブリンの命はシュークリームと同価値のようだった。まあレッサーゴブリンの魔石は300円くらいで売れる。その点ではこちらも同じくらいの価値だと言えるかも知れない。
そういやアーリアの冒険者ギルドではレッサーゴブリンの魔石は銅貨5枚での買い取りだった。やっぱり微妙に物価に違いはあるようだ。
「ということは魔石の価値はアーリアのほうが高いのか。でもこっちで現金を得る手段は魔石の売却くらいしか思いつかないしなあ」
アーリアの金貨をこちらで売ったらどうなるか、という疑問もあるが、金の売却は身分照会されるし、気軽に売れるようなものではない。やはり日本のものをアーリアで売って、魔石は日本で売るのがいいだろう。
メルはまだシュークリームが気になっているようだ。
「次はアイスに挑戦してみようか」
「アイスってなに?」
「氷菓子のようなものかなあ。味付けした柔らかい氷みたいな感じ」
「まだ夏だよ! 氷菓子なんて買えるの!?」
「こちらじゃ魔術を使わなくとも簡単に氷を作れるからね」
「はえー、日本すごいね」
そんなこんなでいい時間になったので自宅に帰ってくる。こそっと部屋に戻り、自室からメルを連れてアーリアに転移。
「メル、明後日か明明後日で仕事が休みの日はある?」
「明後日は休みだよ」
「いいね。朝からこちらに来るから待っててくれる?」
「シュークリームをお土産にしてくれるならいくらでも待ってるよ」
「分かったよ」
僕は苦笑してメルと約束を取り付ける。明後日は10月16日。土曜日だ。
滞在許可証の更新は10日に1度でいいものの、僕の都合を考えると週に1度は更新しなければ期限が切れる恐れがある。不法滞在には罰金が課され、支払えなければ町を追い出される。メルとの合流を考えると、町を追い出されるのは結構厄介だ。
なんとしても砂糖と黒胡椒を高く売りつけて宿の部屋と、入市税を払うための資金を確保しなければならない。
メルと別れの挨拶を交わして、僕は日本の自室に転移した。




