第32話 殴られたら殴り返そう
「おい、柊、ツラ貸せや」
1時間目が終わった途端に檜山は僕のところにやってきてそう言った。僕を連れ出す時の常套句だ。以前の僕ならビビりながら付いていっただろう。そうしなければ酷い目に合うと思っていたからだ。考えてみれば行くと酷い目に合うのに、僕は何を考えていたのだろう。
「え、やだよ」
僕は素っ気なくそう返す。
「ハナシがあるって言ってんだよ!」
「話をするならここでいいでしょ」
「てめぇ、イキってんじゃねぇぞ! いつでも人の目があると思うなよ!」
「はぁ、分かった。行くよ」
この調子で絡まれ続けること自体が面倒だ。多分ボコボコにされるだろうが、以前のように無抵抗でいるつもりはない。そもそも以前は脅されていたとは言え、僕が自主的にお金を檜山たちにあげていた、という形だった。僕を殴ってお金を奪っていったとなると、話が変わってくる。
もちろん今回は僕もやり返すので、ケンカということになるだろう。一方的なイジメだと判定はされない。けれどお金まで奪えば、檜山、分かってるんだろうな。
お金というものがどれほど大事か、この1ヶ月間で僕は嫌というほど学んだ。あれだけ肉体を酷使して、ようやく得られるのが銀貨3枚。多分、こちらの価値で1万円ほどだ。
以前の僕であれば1万円でも脅されれば払っていただろう。それは自分で稼いだ金ではなかったからだ。僕はお金というものを甘く見ていた。探索者としてダンジョンに潜れば簡単に稼げるくらいの感覚だった。それすら自分でモンスターを倒していなかったのに。
檜山たちに囲まれるようにして僕は男子トイレに連れて行かれた。檜山たちがオラついてトイレから他の生徒を追い払う。
「柊ィ、生きてたからには分かってるだろ」
粘っこい口調で檜山が言う。
「魔石なら無くしたよ。ダンジョンから脱出するのにそんな余裕は無かったんだ」
「はぁ!? 無くしたのはてめぇの責任だろ! ちゃんとホテンしてもらわないとな!」
人目が無くなったからか、早速檜山は拳を振った。顔を狙って振り回されたそれを僕は敢えて受ける。誰かが見ているわけではないが、これで先に殴ったのは檜山の方だ。
僕は倒れそうになるのを堪えて、檜山に跳びかかった。体ごと掴みかかり、そのまま押し倒す。僕がマウントを取った。1発、2発! どうせ後でボコボコにされるのだ。今のうちに殴れるだけ殴っておく。
「なにやってんだ、てめぇ!」
久瀬が慌てて僕を蹴り飛ばす。僕は檜山の上から蹴り飛ばされて、個室の壁にぶつかる。相田が檜山に駆け寄り、回復魔法を使う。へぇ、スキルによる回復魔法は構成が無いんだな。魔力がそのままスキルに変換されている感じだ。
僕は自分に小回復魔術の構成を編み上げ、魔力を流しながら立ち上がる。みるみるうちに怪我が治るというほどの効果は無いが、痛みを軽減して体力を徐々に回復させるくらいの効果はある。魔力の消費が小さいのも良い点だ。
「おら、かかってこいよ」
挑発してくる久瀬を無視して僕は狙いを相田に定めた。回復役を叩くのはゲームでは鉄板の攻略法だ。檜山に回復魔法を掛けている相田に駆け寄って前蹴りで蹴り飛ばす。
相田の意識を飛ばせれば、勝ちの目が見える。ボコボコにされる覚悟をしてきたが、勝てるならそれに越したことはない。
だが相田に向かって追撃をしようとしたところで肩を強く掴まれる。久瀬だ。肩を引っ張られて顔を殴られる。体を捩って久瀬を振り払おうとするが、肩を掴む手が予想以上に強い。筋力のステータスが相当に高いのだ。そのまま2発、3発と殴られる。
左肩を掴まれた不自然な姿勢で、振り返って久瀬に殴りかかるのは難しい。久瀬は左手で僕を完全に押さえ込んでいる。
檜山より先に久瀬を潰すべきだったか。後悔するがもう遅い。檜山も立ち上がってくる。相田は絶賛自分に回復魔法を使用中だ。
「やりやがったな。てめぇ! 弘樹、ちゃんと掴まえとけ」
「ああ、分かってるよ」
「俺たちに逆らったらどうなるか、ちゃんとキョウイクしてやらないとなあ」
檜山が近寄ってきて、僕の髪の毛を掴んだところで、思いっきりその股間を蹴り上げる。苦悶の声を上げて檜山が蹲った。いくらなんでも油断し過ぎだろ。今度はこっちがその髪の毛を掴んで、顔に膝を入れる。
久瀬が慌ててこちらの右肩を掴んできた。両肩を掴まれて、そのまま引っ張られて背中に膝を入れられた。背骨が折れたのではないかというほどの衝撃を受けて、僕は膝から崩れ落ちそうになる。その僕の両脇に腕を入れて、久瀬は僕を羽交い締めにした。
「健次、起きろ! 蒼太、回復!」
頭を後ろに振って久瀬の顔を狙うが、上手く躱される。
「この、大人しくしてろっ!」
僕は久瀬を振りほどこうとするが、がっちりホールドされていて抜け出せない。リーダーっぽく振る舞っているのは檜山だが、明らかに久瀬のほうが強い。僕は必死に抵抗しながら、足を振り回す。狙ったわけではないが、振り下ろした足が久瀬の足の甲を踏み抜いた。
「いてぇ!」
久瀬の腕から力が抜ける。僕は必死に体を捩って拘束から抜け出した。久瀬は強い。だが狙うのは相田だ。回復役からやる。鉄則だ。曲がらないから鉄則なのだ。
僕が相田に殴りかかろうとしたとき、
「おまえら! なにをやっている!」
大人の声が響いて、僕の小さな抵抗戦は幕を下ろした。




