第314話 未来を選ぶ
「さて、もうひとつ中問題を片づけようか」
小鳥遊ユウはそう言ってホワイトボードに書かれたものを一旦消した。
「ライブの方向性について」
そう言って小鳥遊ユウはホワイトボードの左右にマルを描いた。
そして左側に[えんげき]、右側に[おまつり]と記入する。
さすがにわざと平仮名なんだよな?
例えば九重ユラが読めないとかで。
「僕らはずっと演劇タイプ、つまりできるだけ完成度を上げたステージを観客に見せるスタイルでやってきた。だけどリヴちゃんがボクらに見せてくれたのはまったく違う、言わばお祭りスタイルだ。リヴちゃんは芸能は素人なんだよね? どうしてあんなことができるんだい?」
「ん~、そう言われても、私は劇場で演劇って見たことないし、それこそユウくんの言うようにお祭りのステージしか知らないんだ。だから私は私の知ってることをやっているだけ」
ああ、そうか、メルは劇場を見たことないって言ってたっけ。
僕はステラリアのライブスタイルを劇場型、メルを参加型と分類した。
小鳥遊ユウのこれは、付けたラベルが違うだけで、ほぼ僕の分類と同じだと思っていいだろう。
「そこでボクらもお祭りスタイルを試してみたけれど、結果はあんまりだったね。そこでボクらは決めなければならない。今後、どっちのスタイルを追求していくのか、を」
「そりゃ演劇でしょ」
橘メイが即答する。
「ずっとそれでやってきたし、ファンもそれを求めてるわよ」
「だけど観客はボクらよりもリヴちゃんのステージに夢中になった」
「――!」
小鳥遊ユウの厳しい切り返しに、橘メイは息を飲む。
まあ、まさに今、お祭りスタイルのメルに負けた代償を支払ったばかりだ。
お菓子を取っただけなんだけど。
でももしも負けた相手がメルや僕のようにステラリアの味方でなかったら致命的になる可能性もある敗北だった。
だから小鳥遊ユウも、ほぼ大の中問題としたのだろうし、今後、橘メイには言動に気をつけてもらいたいよね。
「とは言っても正直禁じ手だよね。リヴちゃんのアイドルライブをぶっ壊すやり方は最初の何回かは刺さるけど、多分すぐに飽きられる。ああ、またか、ってね」
正しい分析だと思う。
意表を突かれたからこそ観客は盛り上がったのだ。
最初からあれが起きると分かっていたら、あそこまで盛り上がらなかっただろう。
客は常に新しい刺激を求めて、こちらはそれに答え続けなければならない。
すぐに策は尽きる。
飽きられて、ポイ。終了だ。
「なのでこれは選択の問題だ。瞬間風速を求めて観客参加型で刺激たっぷりのステージを目指すか、それとも実力がそのまま評価されるだけの悪い言い方をすれば地味で真っ当なステージを演じ続けるのか」
「実力がそのまま評価されるんなら、実力を伸ばせばいいんじゃない?」
「まあ、そうなんだけどね……」
橘メイの疑問に小鳥遊ユウは言葉を濁す。
そらそうなるよ。
橘メイはトップアイドル並のパフォーマンスをやろうと思えばできる。
だけど他のメンバーはそうではないんだ。
多分みんな限界まで頑張っている。
頑張っていても、橘メイには届かない。
そういう才能の差を常に目の当たりにさせられているのだ。
努力が足りなかったのなら、自分を責められる。
だけど相手より努力しているのに、限界ギリギリまで努力しているのに届かなかったのであれば、次はどうすればいい?
やり方を変える。
当然そこに考えが行く。
小鳥遊ユウの提案はそういう話なんだ。
だけどステラリアというグループの総力という意味ではどうだろうか?
橘メイは演劇スタイルでトップアイドル並のパフォーマンスを出せる。
でもお祭りスタイルではそうではなかった。
つまり路線変更はステラリア最大戦力である橘メイの弱体化でもある。
メンバーの性能を平たくするという意味では変更した方がいい。
現状の橘メイは突出しすぎている。
一方でお祭りスタイルのときは鳴海カノンが伸びていた。
橘メイが不慣れなやり方で下がっていたこともあって、差が埋まっていた。
「アイドルなんて一瞬なんだし、大きく打ち上がることを考えてもいいんじゃないかな?」
当然鳴海カノンはそう考える。
実際、アイドルと呼ばれる若者のほとんどは輝くとしても一瞬で芸能界を去る。
長く残る者はアイドルから俳優などへの方向転換に成功した者たちだけだ。
それだって大きく輝かなければ得られないチャンスだ。
一発に賭ける、そういう考え方もある。
「打ち上がるだけで開かない、という可能性もあります」
白河ユイがグサリと刺す。
そうなんだよな。
ワンチャン狙うってことは、チャンスを外したらもう終わりってことだ。
堅実に行くのであれば、当然演劇スタイルということになる。
「えんげきする~」
九重ユラはよく分からないけど、演劇スタイルをご希望らしい。
まあ、この子、空気のリセットはできるけど盛り上げるのには向いてないよね。
「ボクはお祭りスタイルで行きたいけれど、もう結果は出てるか」
小鳥遊ユウが肩を竦める。
「はいはい。私もお祭りがいい」
手を上げるメル。
いや、君はステラリアじゃないんだよ。
「トレーナーとしての意見です。私もその方が教えやすいし」
確かにそうだった。
一応、僕らも関係者と言えないこともない、のか?
その場にいる全員が僕を見た。
現状は演劇スタイル支持が3、お祭りスタイル支持が3。
綺麗に割れて、次の一票で決まるという状況だ。
そしてまだ投票権を行使していないのは――。
え?
僕が決めろってこと?




