第300話 それだけは言わせない
「私は[調教]スキルが覚醒、ですか? しても構わないです。よく分からないですけれど、覚醒というのはつまり調教スキルがより強くなるということですよね。私としては歓迎します」
「違うよ。ユイちゃん。調教スキルが覚醒したら、あなたが調教しようとした相手はもう二度とあなたに逆らえなくなる。自由を奪われちゃうんだ」
メルがなんとか説得を試みる。
だけど白河ユイに響いている様子はない。
「リヴさん、私にはあなたの言葉を信じることができません。あなたが何故スキルについてそこまで詳しいのか。せめてその理由を教えてください」
「ひーくん、言うしかないよ」
「ダメだ。それはできない。リスクが大きすぎる」
僕の優先順位はあくまでメルがトップ。白河ユイは他の一般人よりちょっと上程度だ。
メルとは釣り合わなさすぎる。
「それはひーくんにとって、だよね。私は言うよ」
「ダメだ。お願いだ。僕にもチャンスをくれ。ユイさん、僕らのことは信じなくていい。僕らが問いたいのは、つまり君の両親は君を支配、いや、強く束縛しているんじゃないかということなんだ。それさえ教えてくれたら、僕らは退散する。オリヴィア、これで勘弁してくれ」
「どうやら誤解があるようですね」
と、そう言ったのは白河ユイでも、メルでもなかった。
部屋の扉が開いて、その向こうから現れた和服の女性がそう言ったのだ。
おい、こいつ娘の部屋の扉をノックも確認も無しに開けたぞ。
僕の母さんですら開ける前にノックをする。その後勝手に開けるけど。
だけどこの人は娘の許可を求めなかった。確認すらしなかった。
本人にその自覚があったのかどうかは分からない。
僕らに敢えて見せただけかもしれない。
だけど、はっきりした。
この人は白河ユイを一個の人間として扱っていない。
「夜分遅く、勝手に上がり込んで申し訳ありません。私は白河ユイという芸名で活動していらっしゃるご息女の臨時マネージャーをさせていただいている者です。お母様でいらっしゃるとお見受けしますが、間違いございませんか?」
「マネージャー?」
女は言った。
その一言で白河ユイは項垂れた。
「社長が決めた。嘘じゃない」
どうやら白河ユイは両親に、少なくともこの女性に僕のマネージャー就任を告げていなかったようだ。
それの意味するところはなにか?
いや、それよりも支配する人間というのは、その対象を、とにかく、
「窓から勝手に侵入したことを謝罪します。お話を伺ってもよろしいでしょうか? ご両親にお話をしておきたいのです。男がステラリアのマネージャーに就任した理由について」
人前で罵倒する傾向にある。
少なくとも檜山にはそういう傾向があった。
だから白河ユイにその言葉の暴力が向く前に僕が流れを変える。
「なので玄関から訪問をやりなおしてもよろしいですか?」
丁寧に、でも軽い威圧、有無を言わせない。
「承知しました。では玄関からやりなおしをいたしましょう」
僕とメルは頷き合って、白河ユイの部屋から外に出る。
猫は僕らに付いて外に出てきた。
そのまま夜の闇に消える。
おそらく見張りに戻ったのだろう。
僕らは白河ユイの家の前に向かう。
表札には水之江とあった。みずのえ、かな?
チャイムを鳴らす。
カメラの付いたタイプ。
まあ、別にこれは一般的だ。
「どちら様ですか?」
そこからやりなおさなくてもいいんじゃない?
「夜分遅く失礼いたします。こちらのお嬢様のマネージャーをしております。ヒロと申します。突然の就任ですし、男のマネージャーが付くということについてご説明をさせていただきたくて、ご訪問させていただきました。今から少しばかりお時間をいただいてもよろしいですか?」
「中へどうぞ。玄関は開いています」
そう言われたので僕らは敷地に足を踏み入れ、玄関ドアを開けた。
鍵の開く音は聞こえなかったので、最初から開いていた、ということになる。
いくらなんでも不用心じゃない?
いや、違う。
問題はそこではなく、鍵を掛けるという象徴的な行為を行っていないということだ。
鍵を掛ける、というのは外から入ってこられなくすることが最大の目的だ。
内側からは自由に鍵を開けられるだろうし、閉じ込める意図はないに違いない。
意図はなくとも、鍵を掛けるという行為はこの家が外界から隔絶されるという意味がある。
白河ユイの自由を奪い、支配する、という構造がこの家で確立されているのであれば、鍵は閉じているべきだと思った。
だけどこう思ったのだ。
鍵で外界から断絶しなくとも、白河ユイは逃げられない。と、そう宣言し続けることで、間接的に白河ユイに対する支配を再確認させ続けているのではないか、と。
「お邪魔します」
「こんばんは~」
白河ユイの部屋は和室で、彼女もその母親も和装だったけれど、玄関の内側はごく普通の日本の建売住宅という感じだ。
白河ユイの母親はすでに玄関で待っていた。
本人はいない。
どうやら両親だけで話を聞くつもりのようだ。
本人に聞かせる必要は無い、ということだ。
「いらっしゃいませ。女性の家を訪ねるには少々遅い時間ではありますが、どうやらマネージャーに就任されたのも今さっきとのことで、まずこちらを訪ねてくださったことに感謝いたします。どうぞお上がりください。夫とお話を聞かせていただきます」
僕らは靴を脱いで上がり込んだ。
支配の檻へ、その足を踏み入れた。




