第298話 罠に飛び込む
その家はごく普通の一軒家に見えた。
辺りは閑静な住宅地で、特筆すべきことはなにもない。
なにもないことが恐ろしい。
この家に住む白河ユイはメルの見立てでは[調教]スキルが80以上ある。
確定情報では無いけど、僕は彼女が1,300人を一度に支配する場面を目の当たりにした。
少なくともそれができるだけの力が彼女にはあり、それを育てた場所がこの家なのだ。
先ほど、まだ皆といた時にメルが聞かなかったので、僕も彼女のスキル熟練度を確認するようなことは言わなかった。
スキル熟練度は現代日本では10とか20あればすごく高い部類に入る。
先天的にスキルを持った人が、その道を究め続けて10年間で至れるのが50だから、もし彼女に熟練度を聞いて、80以上の数値が返ってきたら、僕らはともかく他のメンバーは動揺を隠せなかっただろう。
白河ユイの性質を見る限り、自分の数値を隠すようには見えない。
そのことがおそろしい。
もちろん本人がそれを動物と話せるスキルとしか思っていないということもあるだろう。
僕はメルが言ったので100%メルの言葉を信じているけど、他の人たちはそうではない。
動物と話ができて、お願いを聞いてもらえるスキルであれば熟練度が80あっても可愛いものだ。ただしその[動物]には人間も含まれるのだけど。
「ひーくん、追跡スキルを使ってみて。ここは普通じゃない」
メルが顔を強ばらせて言った。
彼女が緊張を隠せないのは本当に珍しい。
僕は覚悟を決めてから追跡スキルを使用する。
追跡スキルはさっきも使ったけれど、要は動くものの通った軌跡が見えるスキルだ。
もちろんありとあらゆる動体を、というわけではなく、ある程度自分で調整ができる。
僕は小動物くらいから、それよりも大きい物体の移動を見ようとした。
「――!」
そして息を飲んだ。
飲んで、止まる。
息が吐き出せない。
そうすれば見つかるからだ。
見咎められるからだ。
僕の存在を。
僕らの存在を。
きっと見つかってしまう。
いや、もう見つかっている。
見ろよ。あの電線を。
そこに止まる無数の鳥たちが、すべてこちらを向いているなんてことが起こるはずがない。
そこら中の暗い路地から無数の目がこちらを見ているなんてことにはならない。
僕らはすでに見つかり、そして囲まれている。
咄嗟にメルの肩に手を置いて、潜伏スキルを使おうと思った。
潜伏スキルは触れている人を含む動物にも効果が波及する。
だけど怖くてもう動くことができない。
射竦められた。
視線によって。
「ひーくん?」
「メル、ダメだ。僕らはもう見つかっている」
「やっぱりそうなんだ。道理でユイちゃんが一度も振り返らないと思った。もう見つかってたからなんだね。追いかけられていると分かっていたから、注意を払う必要がなかったんだ」
なるほど、確かにそれはひとつの真理だ。
周りを気にするのは追いかけられているかどうかが気にかかるから。
もうすでに追いかけられていると知っているのであれば、今更周りに気を払う必要なんてない。
メルは警戒を解いた。
これもひとつの真理だと言えるだろう。
見つかっていると分かっているのに、警戒をする必要はない。
もう手遅れだからだ。
「ちちち――」
メルは手招きをして路地裏から一匹の猫を招いた。
特に警戒する様子もなく、そのまだら模様の猫はメルのところにやってくる。
「ユイちゃんに伝えてくれる? 怖がらせてごめんね。私たちは味方だよ。お話を聞きたいだけなの」
メルの言うことは正しい。
僕らは白河ユイの敵ではない。
彼女の問題を知り、対処するためにやってきた。
だから彼女に見つかっても何の問題も無いのだ。
じゃあなんでコソコソしてたのかって?
そりゃ他のメンバーに見つかったらなんて言われるか分からないしさ。
橘メイにしても、鳴海カノンにしても、それぞれ違う反応だろうけど、めちゃくちゃ言いそうだもん。




