第297話 そっと後を追う
「ひーくんなら分かってくれると思うから、端的に言うね。[調教]スキルの熟練度獲得条件。支配あるいは被支配状態の総時間、だよ」
ストンと胸に落ちるものがあった。
白河ユイの[調教]スキル熟練度は異様だ。
それは彼女が常に熟練度を稼ぎ続けていることを意味している。
僕はそれをスキルの常時使用だと思っていたけれど、さっきの話ではそういうわけではなかった。
つまり白河ユイは別の手段で熟練度を稼いでいる。
あるいは稼がされている。
「白河ユイは支配される側ってことか」
鳴海カノンの状態に近い。
しかし鳴海カノンは[調教]スキルを獲得していない。
彼女の性格からして、獲得しているならこの状況でその事実を打ち明けないはずがない。
鳴海カノンが支配されていた時間程度では、スキル獲得、つまり熟練度1にも到達しないということだ。
もちろん熟練度の上昇にはその時間だけでなく、強度や、個人差も含まれるため、一概に絶対にそうだ、とは言えないけれども。
白河ユイの[調教]スキル熟練度がメルの見立て通り80を超えているのだとすれば、考えられる支配者は、もちろん。
「――両親」
あるいは祖父母ということもありうるだろうが、一番可能性が高いのは両親だろう。
白河ユイが孤児とかでない限り、家族の関与は間違いない。
「私もそう思う」
親について人一倍思いのあるメルだからこそ見過ごせなかった。
そういうことだろう。
「ひーくんはどうしたい?」
それでもメルは僕に下駄を預けてくる。
とは言っても、少なくとも初手は決まり切っている。
「放置するって選択肢はどう考えても無い。どこまで深くまで行くかは別にして、とりあえず踏み入れよう。この問題に関与する」
「私から言い出したことだけど、一応聞くよ。なんで?」
「僕は僕自身が誇れる自分になりたい。その僕が見捨てるな、って言うんだ」
「うん。私も私が誇れる自分でありたい。その私は関われって言ってる」
僕らはそれぞれの思いを確かめて、頷き合う。
「あんたら、そろそろ解散するわよ。今日のホテルは……、え? まさか同じ部屋じゃないでしょうね!」
橘メイが一人でギャーギャー言い出した。
「別室だけど、別に関係ないでしょ」
「あるわよ! あんたは私たちのマネージャーなんだから清く正しくないと!」
「それいる?」
本来のマネージャーさんが産休ってことは既婚者じゃん。
あれ、今の時代にこれは決めつけか?
でも少なくとも橘メイが言ってる清くの部分って、清い体ってことだと思うから、やっぱり否定されるんだよなあ。
「やっぱり私たちのことイヤらしい目で見てるんだ! これだから男の人って!」
「君のファンは大体男の人だと思うんだけど……」
そして結構イヤらしい目で見てると思うよ。
そう考えると芸能界の闇が深いのも当然だなあ。
美しさには欲望が集まる。
その欲望を金に換えるのが芸能界だ。
「私のファンはみんな清いのよ!」
本気で言ってるんだとしたら、橘メイ、君は本物の清楚系だ。
「まあまあ、メイちゃん。ヒロくんはメイちゃんのこと変な目でなんて見てないよ。むしろそういう目で見て欲しいよ」
鳴海カノンがフォローを入れてくれる。
フォローになってるか、これ?
「がちょーが、がーがー鳴きましてー、がーちょがちょがちょ」
「ボクはユエと一緒に帰るよ。ほら、ユエ行くよ」
謎の歌を歌い出した九重ユラを小鳥遊ユウが連れていく。
あの子何歳なんだろ。
あと、並ぶと小鳥遊ユウのほうが背が低いんだよなあ。
イケメンではあるけど、ショタ感と混ざり合って、あの王子様オーラになるんだろうな。
それにしても、ユウ、ユエ、ユイってユが多すぎない?
残った橘メイ、白河ユイ、鳴海カノンはそれぞれに乗る路線が違うようだ。
案外固まってないんだな。
なんか芸能人ばっかりのマンションみたいなところに集まって住んでるのかと勝手に思ってた。
「僕らはこっちだから」
僕らは誰とも路線が合わない振りをして一旦皆と別れ、白河ユイの追跡に入った。
「問題はユイちゃんがどれだけ自分の周囲を固めてるか、だね」
「そうだな。注意深く行こう」
1,300人を一度に支配できた白河ユイだ。
一体どれだけの動物を操れるのか、まったく想像ができない。
可能な限り遠くから、同じ電車に乗る。
幸い方向的には宿のある方だ。
咲良社長は引き続き浅草で宿を取ってくれている。
変なホテルではない、普通のビジネスホテルだけど。
途中で一度乗り換えて東の方へ。
しばらく揺られて、白河ユイは葛西という駅で降りる。
僕らも降りて人混みに紛れた。
白河ユイは別段周辺に気を払っている感じはしない。
反社の事務所に向かっていた時の鳴海カノンとは対照的だ。
だけど彼女の方が警戒可能範囲が広い可能性が高い。
動物を支配し、情報を得られるというのであれば、ぶっちゃけどこにいても見つかってしまうだろう。
だからそこはもう賭けだ。
「一応、調教スキルは事前に警戒するように命令していないといけないはずだよ。動物のほうが勝手にユイちゃんに、付けられてるよって教えることはない」
しかしステラリアメンバー全員に監視を付けている彼女が自分に付けていないはずもない。
僕らはできる限り距離を開けて、人通りが減ってくると追跡スキルに頼って、白河ユイを追いかけ続けた。
やがて白河ユイは一件の家に入っていく。
奈良県民からすると小さいが、一軒家だ。
ここが白河ユイの家。
彼女を支配する両親の領域だ。




