第292話 言いたいことを飲み込んで
「では、お疲れ様。言いたいことは一度飲み込んで、乾杯しましょ。はい、かんぱーい!」
そう言って咲良社長はひとり生ビールのジョッキをぐいっと煽った。
他のメンバーはみんなソフトドリンクだから、ストローなんだよなあ。
「はい。飲み込んだので言います」
吐き出すの早ッ!
「ユイ、貴女が言わないから今まで聞いてなかったけど、こういうことが起こるともう黙っていることはできません。貴女の持つスキル。教えてくれるわよね。ここにいる皆は知る権利がある。そうでしょ」
「……」
白河ユイはそう言われて口ごもった。
言いたくない、というより、言葉が出ないって感じがする。
ステージの上ではあれだけハキハキしてるのに、変な感じだ。
「今更貴女がどんなスキルを隠してたって、誰も貴女から離れてはいかないし、秘密をペラペラ喋ったりしない。そうよね、みんな」
コクコクと全員が首を縦に振る。
「……私のスキルは」
それでも白河ユイは一度躊躇った。
躊躇った後で、勇気を出した。
「私のスキルは[調教]です」
「えっちなやつだ!!!!」
咲良社長が声を上げる。
アンタ、一番アカン反応やぞ、それ。
セクハラパワハラアルハラで大三元や。
僕、麻雀知らないけど。
あとアルハラはアルコールの強要なので、当てはまってないな。
「違います。対象と言葉を交わしてお願いを聞いてもらえるスキルなんです」
「オリヴィア?」
僕は確認のためにメルに振る。
「[調教]は指定範囲の制圧可能な対象に行動を強制するスキルだね。動物と言葉を交わせるようになったりはしないよ」
冷たい否定。
僕はスマホでスキル一覧を掲載しているサイトを見てみたが、[調教]というスキルについて記載は無い。
つまり習得条件が非常に厳しくて、先天で得る確率もものすごく低い、いわゆるレアスキルに該当するんだろう。
「え、でも、みんなも知ってるよね?」
「うん。まあ、ユイが動物に話しかけて、動物がその通りに動くのは何度も見てるけど」
橘メイが言葉を濁す。
「確かにボクらは動物の言葉が分からない。彼らが会話を通じてユイのお願いを聞いていたのか、それともユイの命令によって動かされていたのか、判断はできないね」
小鳥遊ユウも冷静だ。
なんか声も格好いいな、こいつ。
格好よくないところがなくなくなくない? なくなくない?
「つまりユイの主張は動物と話せてお願いを聞いてもらえるスキル。オリヴィアちゃんの主張は行動を強制させるスキルって対立するわけね。んー、それはまあ、今回はどうでもいい! 問題は、その効果が人間にも及んで、1,300人を支配したってこと」
そう、まさしく問題はスキルの本質が何か、ではなく、何ができるか、の方だ。
この場合は何ができてしまうのか、と言った方がいいかもしれない。
「これは絶対に表沙汰にはできません。なんなら知ってる人間まるごと全員消されてもおかしくない。なにせ人を支配するスキルなんだから……」
そう言って咲良社長は耐えきれないとばかりにジョッキを傾けた。
「ぷはー! 幸い映像はソースから全部押さえました。口止めは多分行き渡らない。噂くらいにはなると思う。だけど証拠は無い。たぶん。うちのファンはお行儀いいから、スマホで撮影もしてないと思う」
「ん」
九重ユラがスマホの画面をぐいっと咲良社長に突き出す。
「うちのファンーーーー!!!」
僕は横から画面を覗き込む。
確かにライブ会場の映像だ。
だけど、これは――。
「大丈夫です。これ、オリヴィアがブレーカー落とした後からです」
暗闇の中で点灯する無数のライトがステージをなんとか照らしている中、メルとステラリアが歌っている映像だ。
だからこれが拡散しても白河ユイの決定的なシーンはむしろ薄くなる。
「じゃあ、セーフか。アウトだよぉぉぉ!」
咲良社長が僕に掴みかかる。
「事故じゃなかったんかい! 事故じゃなかったんかい! ヒロくんの指示でオリヴィアちゃんが意図的にブレーカーを落としたんかい!」
「はい。そうです」
別に誤魔化す気は無かった。
ただ言い出すタイミングが無かっただけだ。
もしもこの停電で、なんらかの損害が出たなら、すべて賠償するつもりだった。
だけど幸い、何の被害も発生しなかったから今まで言い出していなかっただけだ。
「がぁぁぁぁ!」
咲良社長はジョッキの残りを全部飲みきって、ダンとテーブルに叩き付けた。
「いいでしょう。責任はすべて現場にいなかった責任者である私の責任です。明日、関係各所に正直に話して頭を下げてくるわ。ヒロくんたちは来なくていいからね。つーか、来るな。話がややこしくなる」
「それはまあ、いいんですけど。そしたら僕ら明日観光してていいんですかね?」
「ダメです」
ダメなんだ。
「君たちの宿は今月末まで押さえました。逃げられると思ったか。バカめ。魔王からは逃げられない」
職業変わっちゃった。
「二人は、まあ、知らないか。業界のこと全然知らないんだもんね。実は今回のライブは、いろいろな、いろいろーなトラブルによりゴールデンウィーク開催の予定がズレ込んだものです」
「三ヶ月以上!?」
「そしてステラリアは今月末に一周年ライブがあります」
ステラリアメンバーがこくこくと頷いたから本当なんだろう。
「チケットは完売しています。会場は東京ドーム」
はい?
「……シティホールです」
びっくりさせんなや!
「でもそれが僕らに何の関係が?」
「流石に出演しろとは言わないわ。でも二人の力を貸して欲しい。いまステラリアはいっぱいいっぱいなの。よく考えてみて、ここに私がいる意味を」
「それは咲良社長が、社長だから、では?」
「今の私は社長兼マネージャーよ」
「人手ぇぇぇぇ!」
「まあ、本当は専任がいるんだけど、いまちょっと産休でね。その期間だけ人をいれるのも悪いし、信用できるのかってなるし、期間限定なら、と私がマネージャーをしています。が、その私が明日は謝罪行脚です」
「ええと、つまり?」
「ヒロくんはマネージャー、オリヴィアちゃんはトレーナーとして、ライブまでうちの子たちの面倒を見てもらいます。その代わりオリヴィアちゃんに全力で取り組むと約束するわ。これは合意書の内容。お互いにできることをするみたいなこと書いたやつに該当するわ!」
それはまた適当な。
確かにそういう内容はあったけれど。
「僕はいいですよ。なんというか乗りかかった船ですし。八月末までですからね。それは約束ですよ」
「私も勉強になりそうだし、いいよ」
「二人ともぉぉ、ありがとぉぉぉ!」
ジョッキ一杯で酔ってるな、この人。




