第291話 光が波打つ
ビルから外に出たところで、咲良社長はカバンから取り出したインカムを耳に掛けた。
「花伝戻りました。まずは会場内について現状、井上さん。お願いします。どうぞ」
『井上です。会場内、電気戻ってません。明かりはドアから入ってくる分と、客のスマホだけですが、客はお嬢ちゃんらが上手いことそれっぽくしてくれてます。どうぞ』
聞き耳スキルって便利だなー。
僕らは階段を駆け下りる。
「花伝です。外は電気大丈夫よ。そこだけみたい」
僕は咲良社長の肩をちょんちょん叩く。
「すみません。ブレーカーです。分電盤を確認してください」
なんせ分電盤の位置をメルに教えたの僕だしね。
地下に入ると脱出口やらなにやら、全部確認してしまうのは斥候あるあるだと思う。
幸いブレーカーには全部メモ書きがしてあったので、会場内部のものをすべて落とすようにメルにお願いした。
はい。僕が犯人です。
「分電盤を確認して! まだ触らないでよ。全員、装置類、全部一旦電源スイッチ切る! 5,4,3,2,1,ゼロ、まだ電源スイッチ切れてなかったら報告! どうぞ!」
返事は返ってこない。
「花伝です。誰か手の空いてる人、応答して分電盤に行く。どうぞ」
『行けます。どうぞ』
「花伝です。今返答した子はすぐに向かって。到着したらブレーカー確認して応答。どうぞ」
僕らはエスカレーターを駆け下りてベルトパーテーションを潜り、地下3階の今日は開放されていない客席に飛び込んだ。
そして目を奪われた。
光の波の中で、乙女たちが歌っている。
それはライト機能を点けたスマホだ。
観客たちが手にしたスマホのライトをオンにして、ペンライトの代わりに振っている。
ステージの上にもいくつものスマホが、ライトを付けた状態で転がっている。
多分、スタッフの私物だろう。
それでギリギリ、どうにか光量は足りている。
いや、この場合は足りていないくらいなのが、ちょうどいい。
成立している。演出として。
『分電盤着きました! ブレーカー下がってます。上げますか? どうぞ』
「花伝です。まだよ。待って。そこで待機。どうぞ」
折しも曲はプレイヤーズソング。
祈りの歌だ。
ステージの中央で祈りを捧げられているのはメル。
ひとりだけ衣装が違うことが、彼女がステラリアとは格が違うのだと、そう示しているかのようだ。
ステラリアのメンバーが、まるでメルを称えるように、崇めるように、アカペラで、生声で、歌が会場を満たしている。
そして何故だろう。
聞き耳スキルを使っていないはずなのに、メルの歌だけが別に聞こえてくる。
「もうちょっと。あと30秒くらいよ」
曲が終わりに差し掛かる。
ロングトーン。
長い長い唱和が、ひとり、またひとりと途切れていって、メルと橘メイの二人の声だけが残る。
これは、肺活量勝負みたいになってるのか?
だけど橘メイに敵意は感じない。
距離があるからかもしれないけど。
そして橘メイが脱落する。
メルの声だけが残る。
伸びる。伸びる。伸びる。
だけど苦しそうではなくて、まるでボリュームをゆっくりと下げていくみたいにメルは歌い終えた。
「今よ。全員、電源復旧したら即スイッチオン!」
光が爆ぜた。
一斉に点灯した照明の光によって、バンッという幻聴が頭に響いた。
会場内は一気に光に包まれる。
それはまるで乙女たちの祈りに光が応えたかのようだった。
外から見ていてもそう思ったのだ。
客席に居た観客たちは、一体何を感じただろう。
ちょっと分かる気がする。
理解を超えた感情は神秘への信仰に変わるのだ。
歓声すら起きない。
ただ観客は立ち尽くしている。
咲良社長が大きく手を鳴らした。
ぱちぱち――、と。
観客が呼応する。
ぱちぱちぱちぱち――。
やがてそれは盛大な拍手の渦に変わった。
誰もが目の前で起きた奇跡に胸を打たれていた。
とてつもない演出を見たと思った。
今夜、伝説に立ち会ったのだと感じた。
できた。書き換えた!
白河ユイの起こしたことは、もう映像にしか残っていない。




