第289話 【橘メイ】の戸惑い
なにかがおかしい。
と、気付いたのはおそらく直後。
ユイが観客に向かって放った一言。
「盛り上がれ」
いや、思ったよ。なに言ってんだ。こいつ。って。
盛り上がれ、っつって盛り上がったら苦労しないっつーの。
白河ユイはちょっと変わった子だ。
ちょっと?
うん。ちょっとってことにしておこう。
私は宇宙一優しくて可愛いアイドルだからね。
実際、悪い子というわけではないのだ。
ちょっと空気が読めないというか、思ったことをそのまま言っちゃうというか、コミュニケーションに難がある感じ。
人との関わりって結局自分がどうしたいかとかじゃなくて、相手がどうして欲しいかを読み取ることじゃん。
そこの合間に自分の欲望をうまく差し込めるかどうかでさ、最初から自分がこうして欲しいって言っても、うまくいくわけがないんだ。
だけどユイはなんというか、許されちゃうんだよね。
ユイが言うなら仕方ないかあって思っちゃうところある。
真面目だし、真剣だし、真っ直ぐだし。
あれ、これ全部同じ意味かな?
間違ったことを言うわけでもない。
正論論破ガール。
それが白河ユイだ。
私のような愛され天使系とはちょっと路線が違う。
まあ、路線が同じだったら戦争だけどね。戦争。
もちろんアイドルグループなんで属性は被らないようになっている。
センター争い的な要素はあるけれど、ファンの奪い合いにはならない。
つっても、みんな私のファンでもあるからなあ。
私のファンのついでに他の子のファンなんだもん。
困っちゃう。
そうじゃない。そこじゃない。
ユイにはもう一個、おっきな特徴があって、それが、まあ、信じなくてもいいんだけど。
ユイは動物と話せる。
これマジのガチで。
流石にヤバすぎて、公式情報ではなかったことになってるんだけど、ステラリアのみんなは知っている。
というか、時々ありがたいんだよね。
無くし物の在処とか、ネズミに聞いたりしてくれるしさ。
いや、ネズミと話をするのは止めとけや!
病気になるよ!
なるよね?
なんかネズミは病気運ぶみたいな話なかったっけ?
ミッキーとか大丈夫なのかな?
出先でネコに道を聞いてくれたり、いや、とんでもない道を案内されることもあるけどさ!
皆とはぐれたときにカラスが探しに来てくれたこともあったなあ。
あれ、ちょー怖かった。
ありがたいような、ありがたくないような、総合的に見て、ありがたい方にちょっと寄ってる。
まあ、スキルとかあるし、動物と話せるくらい別にー。
他に同じことができる人って聞いたことないけどね。
わたしのスキル?
わたしはこの可愛い顔がスキルだよ!
話が逸れすぎ?
だって仕方ないじゃん。
この状況を説明しろって言われても、よく分からない。
観客は過去最高に盛り上がってる。
私たちのパフォーマンスはそんなに上手く行ってないのに。
ユイが「盛り上がれ」って観客に言ってからだ。
おかしくなったのは。
でも、この状況自体は歓迎できる。
オリヴィアちゃんに勝てるかもしれない。
勝ったところでドロー? イーブン? パーだっけ?
要は引き分け! なんだけどさ。
引き分けなきゃ負けなんだもん。
なんでも要求できるって言ったのは私だしさ。
え? 今日も負けたら2個になんの?
オリヴィアちゃんの感じからしたら、1個をあの相方の男に譲らない?
え?
私だ!
私が要求されちゃう!
だって男の子が私になんでも要求するってなったら、だって、だって、そうなるじゃん! それ以外無い! 大変だ! ステラリアは清楚系なのに! 清楚だからか! おとこのこって! これだからおとこのこって!
……。
あ、ちがう。だめだよ!
そんなことしたらもう結婚じゃん。
おめでとう婚一直線じゃん。
アイドル引退しちゃう。
子どもが誕生して宇宙一可愛いママが爆誕してしまう。
子どもが誕生。ママが……。
韻は踏めないか。
行けると思ったのは何だったのか。
いけないよ! 二重の意味でいけないよ!
私たちは勝たなければいけない。
あれ? 三重だった?
ところで三重ってなにがあるの?
……。
……。
なにもないのでは?
とにかく勝たないと大変なことになっちゃうのだ。
なので私はそれなりに本気を出している。
本気の本気を出したら、場の空気をまた変な方向に変えてしまう、という自覚がある。
これは冗談じゃないからね。
私にはそれができる。
宇宙一可愛い私は、皆の注目を集められる。
だけどそれって魅力のせいだから、出力くらいしか自分でコントロールできないのだ。
元々魅力的な私を、もっと魅力的にはできても、どう魅力的に、ってところまでは、こう、なんていうの、変えられないというか、うまく動かせないというか、あ、これもコントロールでいいのか。
いいのか?
まあいいか!
とにかく今はユイがなんかよく分かんないけど作った雰囲気を維持するか、ゆるゆるサゲる、くらいに留めておく。
なんというか、なにが起きるか分からない怖さがあるから、全力ではいけない。
四重?
どこのことだ?
三重の上くらい?
まあ、負けちゃっても仕方ないかってところはある。
ユイがやったことでなんか変な風になるのはイヤだし、ここはうまく着地点を見つけなきゃいけない。
つまりユイが盛り上がれって言ったから盛り上がって勝ってはいけない。
もう天丼しないよ。
美味しいけどね!
今日からはカツ丼にします!
勝敗はちょい惜しかったけど、くらいに落としたい。
負けてもオリヴィアちゃんはそんな変なことは言わなさそうだもん。
男の方がなんか変な要求をしてきても止めてくれると思う。
だいじょうぶ。
ママになる心の準備はもうできた。
そうだ。
うまく落とせ。
着地させろ。
失速させるのだ。
失速したら墜落じゃね?
と思った瞬間、なにもかもが終わった。
いや、違うよ。
私が終わったんじゃないよ。
私は私という終わらないコンテンツだよ。
結婚しても、子どもを産んでも、ちゃんと私のことを愛してね!
視界が真っ黒になって、音が消えた。
耳にはまだ音楽の余韻が残っていて、本当に無音なのかは分からないけど、たぶんそう。どちらかというとそう。
耳に残る残響が消えていって――、
残響ってなんだろう? なんか今の私、頭良さそうじゃなかった?
頭はいいよ! 偏差値100だよ!
観客のざわめきだけが聞こえる中、私たちはどうしていいか分からない。
歌うか?
アカペラでも私が全力で歌い出せば、観客は演出と思うかもしれない。
カツ丼!
「俺の歌を聴けー!!!!」
ちょっと迷った瞬間、劇場に光が差して、聞き覚えのある女の子の声が響いた。
照明じゃない。
スポットライトに比べたらずっと弱い光。
それは劇場の入り口からだった。
観客が出入りするための扉が開いたのだ。
外の灯りを背に人影が多分腕を組んで仁王立ちしている。
そして光でできた道を歩いてくる。ステージに向かって。
堂々と。まるで王者のように。
飲まれる。
空気が。
劇場内の全てが彼女の登場に飲み込まれる。
観客たちは自然と割れる。
割れていく。
そして歌った。
アカペラで。
生声で。
なんか知らんけど、熱い感じで。
私は全然知らない曲なんだけど、客席は盛り上がり始めてる。
こういう演出だって思い始めてる。
「はい、手拍子して!」
歌の合間でそいつが叫んで、手拍子が始まる。
観客が作るリズムでただの生歌唱が曲に変わる。音楽が生まれる。
なんだあいつ。
タイミングが神がかっている。
まるで観客の鼓動すら読んでいるみたいだ。
人間が音楽を愛するのは、心臓が鼓動を刻んでいるからって誰かが言ってた。
それは原初のビート。
誰もが肉体の中で拍子を鳴らしているから、音楽は人の心を打つのだ。
人間は生まれた時から音楽を抱えて生きているのだ。
音楽とはそれを表現することだ。
っても、それができる人なんてほとんどいない。
だからこそ音楽家は尊敬されるし、あー、なに、すごいんだよ!
とにかくすごい。
逆光が弱くなって、そいつの顔が見えた。
いや、まあ、声と光に透ける髪の色で分かってたよ。
朝日みたいだなって思ったもん。
暗闇から顔を覗かせるお日様みたいだって思っちゃったもん。
その光に心が縋りそうになったもん。
ああ、クソっ、負けてもいいなんて思ってたけど、悔しいな!
私はあそこに行きたい!
そこから見える景色が知りたい!
お日様だけが行ける場所。
天辺だ!
三重県には、伊勢神宮と、志摩スペイン村と、ナガシマスパーランドと、あと、それからしぐれういがあります!(だってchatGPTが三重にはしぐれういがあるっていうから)
原初のビートうんぬんは知らん! 誰も言ってないなら私が言いました!
適当言いました!
あと「第277話 僕らは入籍する(そのうち)」の後に「第278話 夜を越える」があるのを完全に飛ばしてました。ほんっとーーーーーにごめんなさい。話数ズレは後で修正するのでいったん休憩させてください。宜しければ、一応読み返してください。しにません。いきます。




