第285話 人のこころをくるわせる
他人の精神に作用するスキルは存在する。
存在するが、大抵の場合、所有者はそれを明らかにしない。
だってそうだろ?
心を操られるかもしれない人の傍にいて平気なヤツなんていない。
しかも油断していたとは言えレベル41の僕に影響を及ぼすほどとなると、
「レベルが高いか、熟練度が高いか」
「たぶん、両方だね」
メルが言う。
「当人の動きが全力を出していると仮定して、レベル10くらいだと思う。熟練度はいわゆる上級だと思う」
スキル熟練度はレベルとは違い、そのスキル関係の行動履歴によって積み上がる0.01単位の数値だ。
ただし数値が1になってスキルを獲得するまではマスクされているし、効果に変化が発生するのは小数点を超えた分だけだ。
「上級?」
「熟練度80越えってこと」
「そんなことある!?」
地球がゲーム化してまだ10年ちょっと。
スキル熟練度はゲーム化以降の経験でしか増えないから、先天スキル持ちでないと0スタートだ。
先天スキル持ちは初期熟練度に幅があって、ある程度の数値で始まる場合があるが、10を超えている例をまだ世界は知らない。
熟練度の伸びは個人差があるとは言え、50を超えている人って聞いたことがない。
先天スキル持ちの熟練度最大値10スタートで、10年ずっとそれに特化して生きている人でも50を上限だと考えると、80という数値が如何に異常か分かる。
「会場内全部に作用する精神系スキルだよ。下級ってことはないよ。最低で中級、私の見立てでは上級。つまり熟練度80超え」
「どんなスキルか分かる?」
地球では前述の理由から精神系スキルについて深く調べることができていない。
誰も実験台になろうとしないからだ。
使用者としても、被使用者としても。
「言葉で影響を与える系統なのは間違いないけれど、スキル種類の特定までは難しいね。これだけ大人数を一度ということになると、鼓舞とか、扇動かな」
「鼓舞は印象が違うな、扇動かもね。言葉でなんとなく効果は分かるんだけど、具体的なことも分かる?」
「扇動は範囲から個人を対象に特定の心理状態を作り出したり、行動を促すスキルだね。範囲が広いことや状況からして、合ってると思う」
「ヤバいスキルだね」
「うん。扇動スキルを持ってるって分かると、それだけで投獄される場合もあるくらい」
「そりゃそうか」
範囲内、しかも今の状況を見る限り1,000人を超える人間を一度に扇動できるスキルを国家が放置しておくはずがない。
個人の持つ能力としてあまりにも影響力が強い。
まさかとは思うけど、電波を通じて拡散可能とか言わないよな。
頼むぞ。運営。
おそらく白河ユイがこのスキルをライブで使ったのは初めてだ。
そのはずだ。
そうでないとおかしい。
だって映像に残っていたら、その影響がはっきりと記録される。
映像からも効果が及ぶにせよ、及ばないにせよ、その存在は明るみに出るはずだ。
「意図的に使った?」
「分からない。スキルの発動って心の動きに連動するから、無意識に使ってしまうことってあるよね」
「そうだね」
僕は頷く。
誰かがちょっと小さな声で話しているときに、気になった瞬間に聞き耳スキルが発動する、ということはままある。
「だけど発動したら気付く」
そうなのだ。スキルというのは意図せず発動する場合があるが、発動すると使用者は感覚的に分かる。
よって白河ユイは、なんらかの精神系スキルを使用したことに気付いているはず。
ステージ上の白河ユイは相変わらずキレのあるパフォーマンスを見せている。
なるほど、レベルが高いからあんな動きがキビキビとしているのか。
今更ながらに納得する。
「取り繕っている、という感じでもないね」
メルが言う。
熟練度のことを考えたら、それはつまり、
「きっと日常的にスキルを使ってるんだ。あまりにも日常的に使っているから、他の子たちも、また彼女がやったんだな、くらいに思ってしまってる。その異常性への認識が薄れてるんだ」
「でも私たちの前では使ってなかった」
「僕らは警戒されていたということだと思う。彼女は普段から意識的にこのスキルを使っているということになる」
だけどメルのパフォーマンスを前に思わず使ってしまった。
そういうことだろう。
「ひーくん、どっち?」
僕は唇を嚙む。
逡巡は一瞬だった。
「すみません! オリヴィアのメイクを直してもらいたいんですが!」
僕はスタイリストさんに呼びかける。
「え? でももう出番は――」
メイク道具を並べ直していたスタイリストさんが首を傾げる。
「勝敗決定をこの場でします。オリヴィアを壇上に出します」
「しかし予定では――」
「許可は取ります。とにかくやってください。貴方の仕事はライブの進行に口を出すことですか?」
「――っ!」
未成年のガキがなにを言ってるんだ、と言われてもおかしくない。
というか、まさしくそれだ。
だけど僕はレベルによる威圧感を滲み出させて言った。
スタイリストさんは猛獣を目の前にしたような恐怖を感じたはずだ。
ごめんね、時間が無いんだ。
「オリヴィア、このライブ、壊すぞ」
僕がそう宣言すると、メルは顔をへにゃっと歪ませて笑った。
「ひーくんは仕方がないなあ」




