第283話 一瞬で必要以上の熱を入れる
メルの才能はちょっと異常だ。
物事の再現能力があまりにも高い。
つまり僕の目の前にあるのは、メルの姿をした橘メイがパフォーマンスをしている、ようにしか見えない光景だ。
おそらくは過去のライブ映像から取得した動きを、歌声を完璧に再現している。
うまい手だと思った。
これなら元からのステラリアファンにも届くし、メルを目当てにしてきた人にも届く。
何故なら橘メイのパフォーマンスはトップアイドルに匹敵するから。
熱狂、とまでは行かなくとも、二つの異なる目的で集まった集団を両方とも満足させることのできる、お上品な手だ。
僕らの目的とも合致する。
今回ステラリアは全員でパフォーマンスを行うから、橘メイの完全コピーなだけでは敵わないだろう。
いや、いつものステラリアだとちょっと怪しいんだけど、今回はちゃんと準備してきたから、きっと大丈夫だよ。
というか、越えてもらわなければ困る。
そういう変化、成長の起爆剤を僕らは求められているのだ。
10分となると2曲ってところかな?
一曲目が無事に終わり、それなりに盛り上がった観客が歓声を上げる中、やりきったメルは、右手で左の肩辺りを鷲掴みにした。
衣装に皺が寄るほどに。
「みんなありがとー! でもこれで満足かー!?」
次の曲へのポーズだろうか?
誰もがそう思ったに違いない。
僕もそう思った。
でもその言葉の意味するところは?
ステラリアファンも、メルのパフォーマンスが見たかった人も、それなりに満足したはずだ。
メルは必要十分なものを提供したはずだ。
「違うだろ。もっと!!! って言え!」
次の瞬間、メルは変身した。
というか、衣装を破り捨てた。
――は?
おそらく最初からそういう仕込みのしてある衣装。
というか、そうでないと成立しないか。
だけど観客は完全に度肝を抜かれた。
そもそも普通衣装を変えるにしても、こんなやり方はしないと思う。
メルは衣装を投げ捨てる。
下から出てきたのはブリギットのアイドルとしては露出の多い、ショートパンツスタイル。
だけどストリートじゃない。
こういうのなんて言うんだっけ?
ファッションショーで見るような、光沢のある近未来的な印象のやつ。
続いて投げ捨てられるマイク。
入れ替わるように飛んでくるヘッドセット。
当たり前だけど、これ全部リハ通りってことか。
曲が始ま――ステラリアの曲ですらない!?
アニソングループの曲だ!
オタクなら誰でも知っているような大人気楽曲!
なんなら僕でも知っている。
だけど普通するか? そんなこと。
許すか? そんなこと。
最初のコーラス部分をメルは歌い上げる。
マジで始まっちゃった。
まさかここでこの曲が流れると思ってなかった観客たちが戸惑うのも構わず、メルはさっきの曲とはまったく違う熱量で最初のウォー!ウォー!と続く部分を場内に響かせる。
バッキバキに効かせた低音で観客たちの戸惑いを吹き飛ばす。
歌詞が歌われる。
メルにしては低音めで、腹に響くような声。
まるで魂を込めたような熱唱。
続いて一人では歌唱に観客のレスポンスが無いと成立しない部分。
メルが叫び、手を振り上げる。
観客は釣られて叫んだ。
この曲は有名すぎて、みんなの頭に入ってるからほぼ反射でできちゃう部分はあると思う。
一瞬で観客は理解する。
騙された!
確かに昨日とまったく同じではない。
だけど、昨日以上に沸かすつもりじゃないか!!!
メルの叫び! 合わせてコール!
あ、もっと! ってそういうことか! ズルい!
熱い、熱すぎるメルの熱唱に、観客は完全に熱狂する。
だって観客はほぼ男性だ。
この曲は男性の中の男の子が熱くなっちゃうんだ。
ロングトーンを歌いきり、ヘイ! ヘイ! と観客が合いの手を入れるところで、メルはタイミングを合わせて思いっきり天を指差すことを繰り返す。
当然、観客はヘイ! ヘイ! 言いながらジャンピング。
Zepp ShinjukuさんってジャンピングOKでしたっけ?
僕は戦々恐々としてしまうが、リハで想定されてただろうし、いいんだよね?
ダメだったら咲良社長、後で怒られてください。
間奏部分で、メルが激しくダンスを見せるけど、これはフラメンコか!
ギターにフラメンコを合わせるって、……普通だこれ!
アコギかエレキの違いなだけだよ!
そのためにマイクじゃなくてヘッドセットなのね。
情熱、という観点では完璧な組み合わせだ。
もっと! と、観客とメルが高め合う。
すっごい盛り上がってるけど、これアイドルライブだよ!!!




