第280話 着火してないのに発火する
さてライブ2日目当日、昨日とは違って正式な出演者となったメルのリハーサル入り時間は10時だ。
早っや!
ライブの開演時間は18:30なのに、こんな時間からリハーサルやるんだ。
初日なら分かるけど、2日目にリハーサルいる?
いや、必要だ。
昨日のメル乱入というか、ステージに引き釣り出された件で、セトリはめちゃくちゃになってしまった。
結果的に歌われなかった曲を聴きたかった人もいるはずで、そんな人にとっては昨日のライブは満足できるものではなかったかもしれない。
なので今日はセトリを守りつつ、ステラリアとメルのステージパフォーマンス勝負を織り込まなければならない。
昨日のはガチでマジの遭遇戦だったけど、今日はヤラセ、というと言葉が悪いな、予定通りの演出となる。
ニャロさんとわちゃわちゃやってたせいで、時間は結構ギリギリだ。
僕らが遅れていくわけにはいかない。
昨日はお客さんだったけれど、今日は共にステージを作り上げる仲間で、僕らは新人だ。
最初に現場入りしようとする姿勢くらいは見せたい。
そうすれば昨日、現場をむちゃくちゃにしてしまったことについて僕らが反省している、という印象を与えられるだろう。
なんか言葉にすると印象を操作しているみたいで感じが悪いけど、人間関係では気を遣っている、という言葉にもできる。
僕らは9時前に現地入りした。
なんなら開いていない扉の前で誰かが来るのを待つつもりだったけど。
「あ、おはよー。オリヴィアちゃん、ヒロくん」
咲良社長がおるやんけ!
重役出勤って言葉を知らんのか、この人は。
あれは重役がゆっくり遅れてくることで、下の人たちがちゃんと時間ぴったりに出社できる大事なシステムやぞ!(個人の感想です)
咲良社長はニコニコと笑顔だ。
なんか機嫌が良い?
昨日は結構ギリギリな感じだったけど。
僕らは咲良社長に手招きされるままに近寄っていくと、がしっと腕を組まれた。
「捕まえた」
「なんですか?」
もちろんレベル差があるから振り払おうと思えば簡単だ。
それは咲良社長も分かっている。
「もう当日券の待ち客がいるわ」
びっくりして僕は聞き返す。
「え? 当日券の発売開始って……」
「開場一時間前、つまり17時30分よ」
「僕ら時間を跳躍しちゃいました?」
「安心しなさい。まだ朝の九時前よ」
咲良社長は高そうな腕時計を僕に突き付ける。
「いったいどうして……」
昨日はそんなことはなかったはずだ。
当日券の販売はあったけど、そんなに売れてないと聞いている。
「あんたらのせいじゃい!」
咲良社長が急にキレた。
「予想はしてたわ。予想はしてたのよ。だってオリヴィアちゃんのパフォーマンスがあれだけ口コミで広がっていれば、そりゃみんな当日券を買い求めに走るでしょうよ」
「あ、そっか」
映像自体は見られなくとも、口コミは広がる。
昨日はトレンド入りしていたのだ。
当然、事前にチケットを買っていなかったけど見たい、という人は当日券を買いに来る。
「そっか、じゃねぇんだわ。アンタたち、通知切ってるタイプね」
咲良社長は頭を抱えて言った。
「自分たちのチャンネルが今どうなっているかを見てみなさい」
僕はそう言われて自分のスマホでOliviaChallengeを開いた。
再生回数12万回!?
チャンネル登録者数6万人!?
「なにが起きて……」
「火が付くときってこんなもんよ」
嘆息にも似た吐息のように咲良社長は言った。
「特に発火させた覚えは無いんですが」
「勝手に着火するときが結構あるから困りものよね」
「えっと、つまり?」
「アンタが概要文にこのライブに出ますって書いたからあの動画を見た人が集まっとるんじゃい! オリヴィアちゃんはリハ入ってもらって、ヒロくんは一生列整理してて。いい? 本日用意してある当日券は500、先着って書いちゃったから先着。そしてこのチケットには個人認証がありません。私の言っていることを君は理解したか? 理解したか? おい。今すぐ列を作るんだ!」
「500人集まった後の人はどうすれば?」
「快く諦めてもらえるように誠心誠意対応してね」
「ちょっと待ってください。個人認証の無いチケットなんですよね。ダフ屋対策は?」
「今更できるかバカ。予想だけど今集まってるのはほとんどそれ目当てだわい。とにかくこの場にいる人数にしか売れません。一人一枚ですを徹底してね。じゃよろしく!」
僕はようやく理解する。
咲良社長がこんな時間にもう現地入りしていた理由を。
どこかでこの状況を知ってすっ飛んできたのだ。
ちょっと待って! 列形成なんて経験ないよ!!!




