第277話 僕らは入籍する(そのうち)
そこから粘って交渉した僕は、結局自分用の身分もひとつ買うことで、込み込み4,200万で手を打った。
今後のこともあるのであまり値引きするのも良くないだろう。
この男は戸籍を売買するのが本業ではなく、裏社会の人間のために様々な公的書類を用意する、つまり代筆屋なのだそうだ。
「歌舞伎町の代筆屋と言えば俺のことになる」
「ここ歌舞伎町からは微妙に外れてません?」
「だからだろうよ。なんでバカ正直に居場所を言うんだよ」
言われてみたらそりゃそうだ。
[地名]の[職名]みたいな呼ばれ方をするキャラクターって創作物でよく出てくるけど、今後は本当にそこに居を構えているのか注意深く見てみよう。
しかし値引き交渉したとは言え、日本人成人男性の戸籍が安すぎない?
実質200万や。しかもこれ5割増しやで。
だけどこれによって僕は20歳の三津崎湊という身分を手に入れた。
メルは樋口アナスタシア恵里だけど、近いうちに三津崎アナスタシア恵里になる。
サービスでここからのオススメルートも教えてもらった。
まず現在の住民登録地で僕らのマイナンバーカードを作成。
どこかに住所を手に入れて、どちらか、あるいは両方の転居手続きをしてから、樋口アナスタシア恵里と結婚。
樋口アナスタシア恵里の戸籍は自動的に親の籍から外れ、僕の三津崎の戸籍に入籍する。
これで僕らは顔写真付き身分証明書を手に入れ、アナスタシア恵里の戸籍は見た目は綺麗になる。
アタッシュケースは軽くなったけど、片方に五千万円を詰めて、鳴海カノンに渡すことができたので、ちょうど良かった説もある。
「お二人は何者なんですか?」
「その質問はとても多層的な構造を孕んでいるね」
閑散とした終電で、鳴海カノンはそう僕に聞いていた。
メル? 僕の肩に寄りかかって寝てたんだけど、ずり落ちて膝枕になってるよ。
客が少ないから問題は無いね。
「僕はヒロで、三津崎湊だ。他にも名前があるかも知れないね」
鳴海カノンは首を横に振った。
「……貴方のことをもっと知りたいんです」
「踏み込んではいけない領域というものがあると僕は思う。君は不運にも裏社会と繋がりを持ってしまった。そのお金をちゃんと使えば足を洗うことができるはずだ。君は普通の、まあ、アイドルが普通かどうかは置いておいて、表の世界に戻ることができる」
その言葉を聞いて、鳴海カノンは膝の上に置いていたアタッシュケースをぎゅっと抱きしめた。強く。絶対に離すまいと。
「僕らは無理だ。無理なんだよ。踏み込んだ世界から足を抜くことがもうできない。僕らはやりたいことがある。この足を踏み込んだままでないとできないし、抜くつもりもない。僕はね、君を巻き込みたくはない。これだけ手伝わせておいて、酷い話だとは思うけれど。君には本当に感謝している。始まりはともかく、僕は君から多くのものをもらった」
「なら、私も巻き込んでください」
「……明日のライブが終わってから、もう一度聞かせてくれないか? 僕に巻き込まれるということは、輝きを手放すことになるかもしれない」
ぎゅっと鳴海カノンは顔を顰めた。
思い出したのだろう。
ステラリアの仲間達のことを。
彼女はステラリアのことをとても大事に思っている。
僕の側に足を踏み入れるということは、そこからの決別を意味している。
絶対に、というわけではないけれど、可能性は高いだろう。
「ひとつだけ聞いていいですか?」
「どうぞ。今日のお礼、というには安すぎるな」
「ヒロさんにとっての私の価格を教えてください。日本円で」
「ふはっ」
思わず声が漏れた。
笑っちゃった。
強いな、鳴海カノン。
普通の女の子で、アイドルで、裏社会に繋がりがあって、でも善性で、芯がある。
ちょっと心が弱いところはあるかもしれないけど。
どうなのかな?
あの状況で平静でいるほうがおかしいのでは?
そしてあの状況で自分以外の人間を、それも関わりのそんなにない僕らのために啖呵を切った。
「一億円くらいなら出してもいい。もしも君の身に危険が及んでいるなら、行けるなら助けに行く。少なくとも一回はタダで」
「じゃあ! 連絡先教えてください!」
ずいと鳴海カノンは僕のほうに身を乗り出して、スマホを差し出してくる。
「えと、LINEは、その」
本名なんだよなあ。
「ダメ、ですか?」
上目遣いに見つめられる。
現役アイドルの上目遣いだ。
僕はアイドルファンってわけじゃないけど、近くで見る鳴海カノンはめちゃくちゃ可愛い。
こんなのズルいだろ。
「はぁ~~」
僕はスマホを差し出す。QRコードを表示させる。
「柊和也、さん?」
「本名だよ。秘密だぞ。本当だよ」
「だからひーくんなんですね。私はどうしようかな」
「頼むからヒロくんにしてくれ。それも最小限にしてくれ。君は自分の立場を忘れてはダメだ」
「ヒロくん」
ちょっと歌うような言い方。
「ヒロくん」
噛みしめるようにもう一度言って、鳴海カノンはスマホを胸に抱いた。
人生を買い戻せるアタッシュケースよりも大事そうに。
これがアイドル攻略RTAだよ!
というところで23時間20分続いた連続投稿を終了します!
長々とお付き合いくださりありがとうございました。
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何故なら2人目が落ちるまで1時間更新で続けるからだよぉ!
止まるんじゃねぇぞ!(3年半エタってた分の土下座)




