第269話 金貨はどこへ消えた?
スナックの入ったビルの前で咲良社長と別れる。
そして咲良社長がいなくなるのを待って、僕はスナックに戻った。
「すみません。トイレで落とし物をしたみたいで、なにか落ちてませんでした?」
僕はママに聞いてみるが、気が付かなかったとのことで、トイレを確認させてもらったけど、何も落ちてはいなかった。
ふむ。
いや、ね、どうも落としちゃったみたいなんですよ。
トイレでポケットのハンカチを取り出すときに、アーリアの金貨をね。
それが消えたってことはその後にトイレに入った誰かが拾った、ってことになる。
確か僕の後にトイレに行ったのは鳴海カノン、メル、白河ユイ、九重ユラの順番だったはず。
ママさんに、邪魔をしたことを謝って店を出てメルと合流する。
「メルがおトイレ行った時に金貨には気付かなかったんだよね?」
「うん。無かったと思うよ。あったら流石に気付くと思う」
「となると鳴海カノンしかいない、ってことになるんだけど……」
金貨を拾って何も言わない子だとは思えないんだよなあ。
いや、そんなに彼女の人格を知っているわけではないけれど、少なくとも舞台でも舞台裏でも、どちらかというとステラリアの良心というか、一番安心していられる子だと思っていた。
「おもちゃとか、偽物だと思って、拾っちゃったのかな?」
「重さで気付きそうなもんだけど、どうかな」
金の含有量が多いので、大きさからすると重いと感じるのがアーリアの金貨だ。
「金貨ということ自体は別にいいんだけど、あれはメルからもらった報酬だから取り戻したい」
「金貨なら何度でも渡すけど?」
そういうことじゃないんだよなあ。
あれはメルにとって悲願だったドラゴンをついに倒したということの証明だ。
だったらもっと大事に持っておけって話なんだけど、無くしてから気付くことってあるじゃん。それだよ。
「咲良社長ならどこに行ったか知ってるかな」
LINEだと返事がいつくるか分からない。
僕はLINE通話ではなく、連絡帳から電話を掛ける。
これは僕の感覚なんだけど、こっちの方が重要っぽく感じない?
『どうしたの? なにかあった?』
どうやら咲良社長は僕と同じ感性の人であったらしい。
電話に即出るところも業界人っぽい。知らんけど。
「ちょっとスナックで落とし物をしたんですけど、誰かが拾っちゃったみたいで、ステラリアの子たちがどこで決起会やってるか知りません?」
『こっちで聞いてもいいけど、私を通して聞きにくいもの?』
「そんなとこです」
『予想は付くけど、一応電話で聞いてみるわ。貴方たちが行くことも伝えておくわよ。そうでないと大変なことになりそうだから』
「お願いします」
場所は新宿、ではなく渋谷だ。
流石に新宿で打ち上げすると、ライブの観客の打ち上げと出くわしかねない。
咲良社長からすぐにLINEでカラオケ店の地図情報が送られてくる。
それから電話も。
『いまLINEで送った店の512号室だそうよ。さっきの店からすぐのとこ』
「ありがとうございます。なにか言ってました?」
『メイが気炎を吐いてたくらいかしら』
「分かりました。覚悟して行ってきます」
『明日に影響が無いようにお願いね』
「了解です」
通話が切れ、僕らはLINEから地図アプリにデータを読み込ませて移動する。
入り口で店員さんに『ちょっと話を聞くだけなので』とお願いして通してもらう。
『五分以内に出てこないと料金もらうからね』って言われたから急ごう。
512号室の前に付いたけど、当然というか歌ってるような音の振動は感じない。
僕は部屋の扉をノックして、扉を開けた。
「こんばんは、さっきぶりだね」
小鳥遊ユウがイケメンスマイルを浮かべて言った。
いちいち顔と言動と動きが格好いいんだよ。
「なんか聞きたいことがあるんでしょ。さっさと言ってとっとと帰れ」
橘メイはいつも通りだ。
もう慣れてきて、むしろ安心する。
「ごめんね。さっきの店でちょっと記念メダルみたいなのを落としちゃったんだけど、誰か見てないかな?」
「はあ? そんなの電話で聞けよ」
「大事なものだから、顔を見て聞いておきたくて。どう、いない?」
一同を見回す。
何気なく鳴海カノンを意識していたが、目線を逸らしたまま、指先でグラスを弄んだかと思うと、放して、また戻す。
まるで自分のポケットに入っているものを確かめたいけど、今はマズいと思い直したようだ。
僕は確信を持つ。
金貨は鳴海カノンが持っている。
ここで答えないということは、他のメンバーにも話していないということか。
どういうことだろう?
彼女にはあれが異世界のものだなんて想像もできないはずだし、価値も分からないはずだ。
「誰もいないってさ、はよ帰れ」
「そうするよ。邪魔したね。ありがとう。明日もよろしく」
「コテンパンにしてやるから」
「もう、メイ、違うよ。さっきから言ってるじゃないか。リヴさんに勝つというより、皆でもっとファンの人たちと盛り上がることを考えようよ」
本当に格好いいなこいつ。
僕が女の子なら惚れちゃいそうだ。
いや、この子、女の子だ。
「バイバイ、みんな、明日はもっといいステージにしようね」
メルが言って、僕らは部屋を後にする。
カラオケ店の敷地を出て、その入り口が見える路地の陰へ。
「ひーくん、どうするの?」
「あそこで問い詰めたら、他のメンバーも動揺するかもしれない。彼女が一人になるのを待って接触しよう。僕一人だと不審者だけど、メルもいてくれるなら大丈夫だと思うし」
声かけ事案とかになるのは嫌だよ。
メルが目を輝かせる。
両手を握りしめて、胸の辺りまで上げる。
「探偵だ!」
「そんな感じ」
メルがいてくれるからストーカーじゃないよ!




