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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第8章 輝ける星々とその守護者について

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第266話 星を燃やす

第266話 星を燃やす


 メルが咲良社長にダンスのことならちょっと分かる、と言ったのは嘘ではない。

 彼女はあのダンス動画を撮ってから、父さんにもらったiPhoneで暇な時にはダンス動画を見ていた。

 アイドルや、ストリート、バレエに、民族舞踏、なんならフィギュアスケートまで。

 踊る、という要素のあるものを片っ端からその目で見てきた。


 前提知識の無いメルにはアイドルライブがこういうもの、という思い込みが無い。


 だから大胆にもアイドルライブにストリート系のファッションで出て行こうとしている。


 普通に考えたらカテゴリエラーだ。

 観客はふりふりの衣装を着たアイドルのパフォーマンスを見に来ているのだ。


 だけどその方向性で橘メイは、おそらく最高に近いものを観客に提供した。


 メルはそうなると分かっていたに違いない。

 だから袖に引っ込んだ途端に、服を切り裂き始めたのだ。


 何も知らないからできる暴挙。

 つまり何も考えないで、ただ自分にできる全力でぶん殴る。


 それは結果的に同じ方向性での勝負ではなく、別角度からの攻めになった。


「ひーくん、決めて」


 メルがそう言った。

 何を問われたかなんて聞き返すまでもない。


 その顔に施された強めのメイクはアイドルに処女性を求める男性にとっては正反対の属性に見えるだろう。

 ビッチ、とまでは行かなくとも、ギャルとか、つまり戦う強い女の象徴。


 僕は思わずウジェーヌ・ドラクロワ作『民衆を導く自由の女神』を思い出す。

 つい先日メルに教えたばかりだ。


「橘メイは独りのほうが強い」


 僕らはチームだ。パーティだ。

 それの意味するところは、メルは独りで戦うわけじゃないってことだ。

 そして橘メイには本当なら味方がいるんだ。


「と、思い込んでいる。実際は違うってことを教えてやろう」


「うんっ!」


 別人のように変身したメルは立ち上がる。

 時を同じくして橘メイがパフォーマンスを終える。


「みんなー、ありがとー! リヴちゃんのこともちゃんと応援してあげてね!」


 わぁぁぁと盛り上がる観客。

 メイ! メイ! とコールも起きている。


 橘メイは余裕の表情。

 彼女にしてみれば勝ちレース。


 だけどな、その横顔をひっぱたいてやる。

 メルが。僕が。みんなが!


 橘メイが観客に愛想を振りまきながら舞台袖に向かって歩いてきて、そしてぎょっとした顔になった。

 メルの衣服がばっさりと切られ、メイクが濃いものに変わっていると気が付いたのだ。


 ステージの照明が少し落とされ、そして曲が流れ出す。


 メルの指定曲は、ステラリアの曲だけど、BPMが早めでパフォーマンスすると疲れすぎるという理由でライブでは使われたことのない曲だ。


 イントロの時点で客席はざわついた。

 彼らは当然この曲がライブで一度も使われたことがないのを知っている。


 でもこの一度だけ、この曲だけパフォーマンスを行えばいいのであれば!

 そしてかつて使われたことがないため振り付けが無く、自由に使っていいのであれば!


 曲調の速さとは異なり、メルはむしろゆっくりと歩いてステージに出て行く。

 上下に体を揺らしながら、音の拍そのものは曲のリズムに完全に合っている。


 メルの姿を見た観客はざわめいた。

 それがアイドルライブのステージに立つにはあまりにも相応しくなかったから。


 メルは最初から大技を繰り出すことはしなかった。

 正しい選択だと思う。

 観客はステラリアのファンで、橘メイに魅入られたばかりだ。

 そこで大技を披露しても、逆に白ける可能性がある。


 メルは進んでいた動きを完璧なタイミングでピタッと止め、抜群の歌唱力で歌い始めた。


 リズムに合わせた小刻みな動きはアイドルライブで目にするそれではなく、どちらかというとストリートダンスのもの。

 だけどロック調のこの曲にはギリギリ合っている。


 歌が進むにつれて動きはどんどん大胆に大きくなっていく。


 最初は疑いの眼差しだった観客が、引き込まれていくのが分かる。

 だけどまだ盛り上がっている、とは言えない。


 曲の最初の盛り上がり。

 難しい音程の部分。

 その始まり。


 歌詞は、


「叫べ!」


 メルは叫ぶ。

 世の中の不条理に対する怒りをぶちまけたリリック。

 抑圧された人々の怒りの声を。


 難しい部分なのだけど、歌い切れたらめちゃくちゃ気持ちいいヤツだ。


 そう、ファンなら知っている。

 このサビは上手く歌えたら、めちゃくちゃに気持ちがいい。


 メルはその気持ちよさを、まずは独り占めにした。


「さあ、一緒に!」


 歌詞の合間、メルは観客に向かって呼びかけた。

 つまり、一緒にやろうぜ! と。


「叫べ!」


 メルの叫びにかき消されてはいたが、思わず一緒に叫ぶ観客がいくらかいた。

 動いた!


「もう一回!」


 メルは観客を煽る。

 一緒に気持ちいいことしようぜ!


「叫べ!」


 歌詞自体はそれほど難しくない。

 同じことを繰り返すものだから、そこのフレーズさえ覚えていれば毎回歌える。

 音程は難しいが、それも毎回一緒だ。


 観客の声が走り出す。


 ライブハウスの大音響の中で思いっきり叫んだら、そりゃ気持ちいい。


 しかも歌っているのは彼らが見たかったアイドルではない。

 だからその歌を邪魔したって、別に構いやしないのだ。


「叫べ!」


 もう煽る必要すら無くなった。

 観客は完全に繰り返される気持ちよさの虜になった。


 流れが、変わった。


「叫べ!」


 メルはそう言ってマイクを観客に向けた。

 大音量の叫びがライブハウスを包む。

 観客たちは、多分、この一回しかない機会に乗り遅れまいと全力で叫んだ。


「叫べ!」


 今度はメルも一緒に歌った。

 観客はもう全力で叫んでいた。


 最初のパート、何メロなのかは僕には全然分からないけど、とにかく曲の前半部分が終わった。


 間奏。


「いいよー。みんな。呼吸を整えて!」


 メルは後半に、もう一度同じことができるよ、と伝える。

 その声には疲労が滲んでいた。


 いくらメルだって全力で叫べば、もちろん疲れる。


 だけどメルは間奏に合わせてその場でバク宙を決めると、そこからいくつかのムーブを入れてから、アイドルファンでも知っているストリートの大技、ウィンドミルを決める。

 背中を地面に付けて、両足をぶん回す、アイドル衣装では絶対にできない技だ。

 そこから回転の勢いで立ち上がって、ごめん、次の技の名前を僕は知らない。


 熱の余韻が醒めやらない観客は、きっと初めて直接見たストリートダンスの迫力に釘付けになっていた。

 彼らが普段は嗜まないだけで、ストリートダンスのパワーはアイドルファンの彼らにだって届くと証明された。


 この曲の間奏はちょっと長くてダレる恐れがあったんだけど、メルは一瞬も観客を飽きさせない。


 ストリートはもう飽きたとばかりに、スピン、ジャンプ、バレエの技だ。


 今度はおおっと歓声が上がった。

 バレエファンがいたわけではないだろうけど、何かで見たことはあるはずだ。


 本当ならクラシックに合わせるもんなんだろうけど、そんな常識はメルには通じない。


 次々と変化するダンスに、まだまだ見たいと思わせる状態で間奏がもうすぐ終わる。


 そこでメルはピタッと動きを止めて、マイクを構え、ステージ中央辺りを指さした。


「そこの君たち-!」


 メルは呼びかける。

 客席の中央から少し後ろ辺り、サイリウムを手にメルのパフォーマンスに動けないでいるオタ芸の人たち。


「さっきはいっぱい踊ってたよね! 見せたげて! みんな注目。さん、はい!」


 後半スタート。

 メルは歌い出す。

 観客の注目はオタ芸の人たちに集まった。


 一瞬だけ遅れたが、彼らはこの大舞台を逃さなかった。

 なんか僕にはよく分からないかけ声を上げながら、でもキビキビとサイリウムを振って踊る。


「「「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!」」」


 観客たちはそんなかけ声で彼らを応援する。


 え? なにそのかけ声? みんな知ってるもんなの?


「ありがとー! みんな拍手!」


 歌の合間を使ってメルが呼びかけ、場内は拍手に包まれる。

 オタ芸の人たちはなんか照れながらペコペコ周りに頭を下げていた。


「じゃあ、みんなー! 準備はいいかー!」


 うおおおおおおお!!


 と、観客が盛り上がる。

 オタ芸の人たちに負けてたまるかと、気合いが入る。


「叫べ!」


 繰り返されるサビをメルと観客が一緒になって叫ぶ。

 苦しみを。嘆きを。懇願を。


「叫べ!」


 もはやステージも客席も無かった。

 この曲はステラリアの楽曲では特別な曲だ。

 思い入れのある者にとってこの機会は、それこそ泣き叫ぶくらいに嬉しいだろう。


「叫べ!」


 そこにあったのはひとつの大きなうねり。

 見えないエネルギーのようなものが、ライブハウスという箱に閉じ込められて、圧力になっている。

 それは叫びの度にどんどん増していって、いまにもライブハウスが破裂しそうだ。


 いや、破裂させるのだ。

 炸裂させろ!

 大爆発しろ!


 メルはマイクを観客に向けて差し出し、手を振り上げた。

 煽られた観客たちは声を揃えて叫ぶ。


「「「叫べ!」」」


 観客たちはもう息も絶え絶えって感じだったけど、メルがまだ叫んでいるのに負けられない。

 だって自分たちのほうがステラリアのファンなのだ。


「叫べ!」


 あんなギャルみたいな女よりも自分たちのほうがこの曲を知っているのだ。

 負けられるわけがない。

 これは戦争だ。

 観客たちは力の限りを振り絞った。


「ラスト、行くよ! 叫べぇぇ!」


 最後の絶叫。

 スタッフの中にも叫んでいる人が混じっている。

 観察者に徹しようと思っていた僕でさえ、思わず声が出そうになる。

 それくらいに人を引きつけて止まない力がそこにあった。


 メルも観客も、まさに命を燃やしたような叫び声を上げて、曲は終わる。


 静寂がステージを包んだ。

 まだ余韻が耳の中に残っている。

 うわんうわんとまるでまだ反響しているみたいに。


 誰もがそれに酔いしれている。


 そこにあったのはやりきったという一体感だ。

 彼らはやりきった。

 ライブでは不可能だと言われていた曲を最後の最後まで歌いきったのだ。


「ふあ~~」


 歌い終わったメルはその場でごろんと後ろに倒れた。


「みんな、ありがとー。最高に気持ちよかったねー」


 マイクを通したヘロヘロの声に応える声はほとんど無い。

 だって観客もヘロヘロなんだもの。


 観客たちはあちこちで座り込み、もたれかかり、中には隙間を見つけて寝転がってしまった人もいる。


 いや、凄かったよ。

 メルも観客も凄かった。


 本当に凄かったよ。

 ライブまだ中盤だけどお客さんたち大丈夫そ?

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