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ユニークスキルで異世界と交易してるけど、商売より恋がしたい ー僕と彼女の異世界マネジメントー  作者: 二上たいら
第8章 輝ける星々とその守護者について

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第265話 星空に飛び込む

 動き出した舞台は誰にも止められない。

 止めてはいけない。


 それはステージという場所の絶対規則。


 例え失敗しても、恥をかこうが、万が一負傷が発生したとしても、なんらかの手段で舞台は続行される。

 もしもステラリアがどうしても全員ステージに出てこられなくなったら、咲良社長がステージ上で漫談を始めるくらいはする。


 それが主催者が観客と交わした契約だ。

 金銭と引き換えに提供したステージは、その価値と同等になるまでは終われない。

 もしも足りなかった場合、そのステージは失敗だ。


 咲良社長が慌てて走ってきて、小さな声で叫ぶという器用な芸を見せた。


「オリヴィアちゃん、ごめん! なんとかして!」


 ステージ上ではこちらから目線を外さない橘メイ。


「みんなぁ~、呼んであげてー! せーの、オリヴィアちゃ~ん!」


 橘メイに対するファンの絶対的な心理が、アイドルからのコールアンドレスポンスを成立させる。


「「「オリヴィアちゃ~ん!!」」」


 知らないはずのその名を叫ぶ観客たち。


 一方で舞台袖ではスタイリストさんが物凄い勢いでメルを武装させていった。

 もちろん衣装は無い。

 私服のままで戦うことになる。


 帽子を僕に預け、メルは橘メイの視線を真っ向から受け止めている。


 櫛で解かれた髪を、メルは器用に頭の横でまとめ、スタイリストから受け取ったリボンで縛る。

 その髪型は、いまメルが持っている唯一の戦闘衣装いつもどおりだ。


 軽い化粧くらいしかする時間は無い。

 観客が異常に思う前にメルはステージに出て行かなければならない。


 スタイリストさんはプロの技法でそれを成立させる。


「できました」


 短く宣言が行われる。

 メルが戦いの準備を終える。


「ひーくん、行ってくるね」


「ああ、君の舞台の幕開けだ」


 メルはにこっと笑みを浮かべる。

 いつも僕に見せる笑みではない。

 それは計算され尽くした、自分を魅せる笑顔。


 ゾクッとした。

 いや、そんな言葉では表しきれない。


 これは深い敬意、強い畏怖、そして果てしない憧憬だ。


 戦いの舞台はいつもと違う。

 だけど彼女には実戦という命を賭けた経験がいくらでもある。


 アイドルのステージ?

 ドラゴンの正面に飛び込むのと比べたら大したことじゃないね。


 その顔を観客方向に向けながら、メルはステージへと歩み出した。


 ライトがその姿を照らす。


 観客がざわつき、そしてどよめき、歓声へと変わった。


「みんな~、巷で話題の女の子、オリヴィアちゃんを捕まえてきちゃいましたぁ~」


「こんばんは! オリヴィアです! よろしくねっ!」


 橘メイの差し出すマイクに顔を寄せてメルは挨拶をする。


「さて、この時間を使ってステラリアは着替えをしまーす。はいはい。みんな捌けて。私はオリヴィアちゃんの相手をしてるから」


 まるでこれが最初から予定されていた衣装替えであるかのように橘メイはステージから他のメンバーを追い払う。

 ステージを一対一の舞台に変える。


「さて、見事にバズってたね~。私も見たよ。オリヴィアちゃん」


「リヴでいいですよ。みんなもリヴって呼んでね!」


 リヴちゃーん!!と観客から声が上がる。

 メルは手を振ってそれに応え、橘メイに向き直った。


「実はそれちゃんと確認してないんですよ。変なところ撮られてませんでした?」


「いやぁ、可愛かったよ。波打ち際で、ね、男の人、と戯れてる画像。お兄さん?」


 誘導尋問だ。

 アイドル業界で兄弟というのは、彼氏の隠語だとされる。


「違います。一緒に来てもらった友だちです」


 メルは隠さない。


「ええ!? 男の友だちがいるの!?」


「変ですか?」


 メルはきょとんとした顔をする。

 でも多分あれは『分かって』そういう顔をしている。

 自分がこれから演じる役を決めて、それに沿ってメルは今きょとんという顔を選択して、それを観客に見せている。


「だってリヴちゃんくらい可愛いと、男友だちなんて言っても、向こうは狙ってるんじゃないの? リヴちゃんのこと」


「あはは、そうかも知れませんね。でも私にとっては大切な友だちなので、今後もそうありたいと思ってます。うーん、そもそも友だちに性別なんて関係あります? 大事なのは価値観だと思うんですけど」


 演技だから僕は気にしてないぞ!

 遠回りに二度目のお断りを入れられたわけではないと思う。


「そっか、私に話しかけてくる男の子はみーんな私のこと好きになっちゃうから、そういうものなんだと思ってた」


「メイさんくらい可愛いとそうなっちゃいますよね」


「その顔で言う~?」


 橘メイが最初に放ったストレートをメルはうまく躱した。

 そこから今は軽いジャブの応酬。


「リヴちゃんって日本人じゃないよね? どこの人?」


「えへへ、ひみつ、です」


 可愛らしくメルは唇に人差し指を当てる。


「えー、ずっる~い! リヴちゃんも私になにか聞いて」


「じゃあメイさんは彼氏いないんですか?」


 メルからの攻撃なのにひゅっと僕の喉が鳴った。

 ステラリアが恋愛禁止と知っていてのストレートパンチだ。

 僕がびっくりしちゃうくらい鋭い、しかも絡め手。


「えへへ、ひみつ、です、って言ったらいることになるわ! いないわ!」


 可愛く言ってからの落差。

 元々自分を崩すことに躊躇のない橘メイだけど、今のはメルに崩された。


 観客自体は好意的に二人のやりとりを見ている。


 だが実際にはメルが先にポイントを取った。

 1-0でリード。

 そう思ったのは僕だけでは無いようだ


「流石に二人だけで引き延ばすのはちょっとしんどいかなー」


 すかさず橘メイは方向性を変えた。

 本当は10分の休憩を入れて衣装を変える予定だったところを橘メイはメルを攻撃するのに使う。


「なのでちょっとゲームをしようと思いまーす。内容は、どっちがお客様を盛り上げられるかパフォーマンス勝負~」


 どよめきとざわめき。

 橘メイの提案は分かりやすい。

 橘メイとメルでどちらが観客を沸かせられる勝負しようと言っているのだ。


 だけどこれはステラリアのライブで、観客のほとんどはステラリアのファン。

 勝負というにはあまりにもメルにとってアウェー。

 観客にもそれが分かっている。

 だからざわめいた。


「勝ったほうは負けたほうになんでもひとつ要求できる。リヴちゃんならこの勝負、受けてくれるよね?」


「いいんですか? 本当に、それで」


 メルはにっこりと笑って言う。

 無邪気な笑顔に見えるけど、メルも橘メイを敵判定した感じがする。


「じゃあ、リヴちゃんに悪いから、先に私がやるね。無理そうだったらリタイヤしてもいいからね。はい、曲かけて!」


 橘メイが指定した曲は今日のセットリストには無いステラリアの曲。

 曲の雰囲気からして橘メイを最初からセンターでイメージした曲だ。


 前奏が始まると、メルはそっとステージを離れて袖に来た。


「誰か布を切るもの持っていませんか?」


「なにするの?」


 一応僕が確認する。


「この服そのままじゃ踊りにくいから」


「これ、ハサミです!」


 スタッフが持ってきたハサミを受け取ると、メルは躊躇無く服を脱ぎ捨てる。


 ぎえっ!


 僕は顔を背ける。

 スタッフさんのほとんどが男性だ。

 メルの姿を隠さないと!


 と思ったが、スタッフたちは全然動揺していない。

 アイドルの舞台裏、こんなことは珍しくないのかも……。

 芸能界、怖い。


 下着姿のメルはジャキジャキをジーンズとシャツを切り落とす。

 これだとショートパンツのジーンズと、ヘソ出しスタイルになるはずだ。

 アイドル衣装からはほど遠い。

 どちらかというとストリート系だ。


「メイク変えてください。濃いめに。重ね塗りでいいです!」


 メルの指示にスタイリストがぱっと動き出す。


 一方、ステージ上では橘メイが完璧なパフォーマンスを見せていた。

 メルに言われて踏んでいたブレーキを、アクセルに踏み換えて、べた踏みしてる。


 その姿からは私が一番可愛いよね!

 っていう叫びが聞こえてくるようだ。


「メイちゃんは宇宙で一番――」


 そう言ってマイクを観客に向ける。


「「「かわいいー!!」」」


 観客の反応に躊躇がなかったことから、いつものやりとりなんだろう。

 そのボルテージは最高潮に達している。


 これが全力の橘メイ。

 ソロならトップアイドルに匹敵するんじゃないか?


 そう思わせるだけの説得力が彼女のパフォーマンスには、ある。


 観客すべての注目を自分に集める。

 そういう力の持ち主だ。


 今ここにいる観客のすべてが橘メイの味方だと言っていい。


 これを相手に、メル、どう戦うんだ?

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