第263話 メルは星の色を変える
幸いなことに橘メイが破滅的な行動に出ることはなかった。
メルの指導にもちゃんと従って、その後のリハーサルは順調に進んだと言っていい。
その間、僕はずっと警戒態勢だったけどね。
なんせ敵意が消えないもんだからさ。
多分、メルに言われてムカついたとかそういうのなんだろうけど、システム的な敵意発生にまでなるって相当なんだよなあ。
まあ、逆に敵意が発生すると、向けられている間は自動的に戦闘中扱いになるから、レベル補正の効果でメルがダメージを負う心配はほぼ必要ない。
なんなら無意識で突き飛ばされて高所から落下とかのほうが怖いまである。
本番前のウォーミングアップまでは休憩ということになって、ステラリアのメンバーは控え室に下がっていった。
橘メイがいなくなったお陰で敵意が消えて僕はほっとする。
「普通にダンスインストラクターとしてオリヴィアちゃん雇いたいんだけど?」
「ダメですって。彼女の目的はお金じゃないんですから」
メルの指摘によってブラッシュアップされたステラリアのパフォーマンスは素人の僕から見ても格段に良くなった。
いや、指摘してるメルも素人なんだけどね。
「でも、なんだろー。なんか違うんだよなあ」
咲良社長は腕を組んで、上半身を回しながらなんか唸っている。
なにその動き。
「凄く良くなった。凄く良くなったんだけど、求めてたものと違うんだよなあ」
あー、咲良社長の言いたいことは分かるかも。
咲良社長が僕らに求めていたのは予想外の化学変化だ。
ステラリアという完成してしまった液体に、僕らというまったく関連性のない液体を混ぜて、爆発するとか、固体に変わるとか、あるいは容器を溶かしてしまうような、現状破壊を求めていたのであって、メルがしたのはステラリアという液体の色を綺麗にしただけだ。
つまり現状の延長線上にある成長でしかない。
期待以上のものが出てきたけど、期待していたのはまったく違うことなんだろうな。
かと言ってそれを僕に求められても困る。
困るよ。こっち見ないで。
「橘メイさんはずっとセンターなんですか?」
「うんにゃ」
それどっちなの?
違うの? ネコなの?
「全員がそれぞれセンターの曲を最低でも一曲は作ったよ」
「あれ? でも今のリハだと――」
「そうなんだよねぇ。橘メイは目立ちすぎる。脇に置いたらダメなんだ。客の目線がブレる。バランスを取ろうとするとどうしても真ん中に移動する」
そう言って咲良社長は嘆息した。
「あの子は実際可愛いし、ダンスも上手い、歌も上手い、アドリブもできるんだよなあ。ちょっとあざといけど、MCもできる。ステラリアの中で飛び抜けてるのが、逆にグループの足を引っ張ってるところはある」
もうソロデビューさせたほうが良くない?
あ、でもそうするとステラリアの中核が無くなる。
明確にグループとしては弱体化するのか。
「でもグループのために持ってるものを抑えろって言いたくなくてね。オリヴィアちゃんが指摘してくれて正直、ちょっとホッとしてる。ちゃんと指導に従ってくれてたし。今回のライブ自体は大丈夫だと思う。過去最高に盛り上がると思うよ」
ふぅん。どちらかというと持てる側の人間なんだな。
でもじゃあなんでメルに敵意を向ける必要があったんだろう?
彼女はどうあってもステラリアのリーダーで、センターだ。
メルはそこまで敵意を買うようなことを言っていただろうか?
ただ、ちょっと周りに合わせろ、と言っただけ。
それだけのことが我慢ならなかったのだろうか?
「ねぇ、オリヴィアちゃん、もしかして照明とか詳しかったりしない?」
「なにさりげなくオリヴィアに頼ろうとしてるんですか?」
「視覚効果で弱いのよね、ウチは。専門家がいなくて、いつも現地スタッフにお任せなのよ」
「だったら人を雇ってくださいよ。オリヴィアを巻き込まないでください」
「今回だけ! 今回だけでいいから!」
なに押せばヤれると思ってる男みたいなこと言ってんの。
そもそもなんでメルが照明効果に詳しい前提で話が進んでいるんですかね?
「私、ダンスのことはちょっと分かるんですけど、それ以外はさっぱりで」
「ほらね!」
「なんでヒロくんがほらね、って言うの?」
「あまりにも思ってた通りの流れだったのでつい」
「というか、視覚効果はヒロくんの役割か。どう、一家言ない?」
「一家言というのはその道に精通した人が言うものです。それならニャロさんの力は借りられないんですか?」
「あいつは平面専門だから。あと多分できても時間無くて付き合ってくれないと思う」
「平面? ああ、平面の画面に表示されることを前提とした絵作りってことですか?」
「そうそう。立体的な演出は得意じゃないというか、やってきてないから、その方向でお願いしても断わられるわね」
「あー、プロとしての誇りとか持ってそうなタイプですもんね」
「そうなのよ! 友達なんだから手伝ってくれたっていいじゃないねえ?」
共感を得たとばかりに咲良社長は詰め寄ってくる。
「いやでも、本業を後回しにはできないですし。あの人、多分、仕事めっちゃ詰まってますよね」
1日が36時間とか、日常的に言ってそうだもん。
「詰まってるわね。最近は飲みに誘っても断わられるし」
咲良社長は目を逸らしつつ、僕から離れていった。
「井上さん! 今日も照明バチッと決まってますね! いっつも最高の光をありがとうございます!」
さっきまでメルを照明に誘ってたのに、話によれば相手は現地スタッフか。
あの人もなんというか強いなあ。




