第261話 その手を振り上げて
ステージに立っているのは煌びやかな衣装を身に纏った5人の女の子たちだ。
彼女たちのことは事前に調べてある。
咲良社長の経営するブリギットという事務所がプロデュースする、ステラリアというアイドルグループで、橘メイ、小鳥遊ユウ、白河ユイ、鳴海カノン、九重ユラが彼女たちの名前だ。
それぞれの特徴は頭に入れてきたので見分けは付く。
いま真ん中でマイクを口に添えて歌いながら軽やかに踊っているのがリーダーの橘メイ、メルと名前が似ててなんか言いにくいと思っている。
背中まである長い髪は少し明るくした色で、朱色が差し込まれているのは、メルが起因となった赤髪ブームの名残かもしれない。
あんなに踊ってるのに笑顔を絶やさないところにプロ意識を感じる。
その右側でコーラスを歌いながら踊っているのが白河ユイ。
黒髪ロングで、見た目がもう和風お嬢様って感じだ。
だけどそのダンスはキレキレで、なんか武道とか習ってそうな感じを受ける。
ただ橘メイと比べると顔は笑顔とは言い切れない。
真剣さは感じるのだが、そちらに寄りすぎているというか。
橘メイの左側ではやはりコーラスを歌うちょっと幼い感じの子が九重ユラ。
この子は肩にかかるというよりはちょっと長いくらいの髪の長さで、真ん中の3人がロングヘアになる。
その動きはなんというか、とりあえずやってます感があって白河ユイとの対比がヤバい。
今日本番だよね? 大丈夫?
九重ユラの外側にショートカットの男の子、じゃねぇや、女の子。
彼女が小鳥遊ユウ。
なんというかイケメンアイドル(少年)っぽさがあるんだよな。
彼女は合いの手を入れながら大きく振り付けを踊っている。
だけど幼く見える最年少の九重ユラよりちょっとだけ背が低い。
動きが大きいのであんまり気にならないけどね。
白河ユイ側の外側にいる髪をアップにした快活そうな女の子が鳴海カノン。
いかにも元気っ娘って感じの見た目で、動きもそう。
小鳥遊ユウに比べたら動きの大きさは劣るんだけど、体の大きさでちょうどバランスが取れてる感じ。
別に彼女が特段背が高いというわけではないんだけど。
別にいま覚えなくていいよ。
僕がちゃんと予習してきたって言いたいだけだから。
彼女たちは圧巻、とまでは行かなくとも、目を奪われるくらいのパフォーマンスを見せてくれている。
リハーサルでこれなら本番はどうなるんだろう?
心配なのは九重ユラのやる気くらいだ。
肩を叩かれて振り返ると咲良社長が立っていた。
「ヨッ、バズり野郎。ウチの子たちはどう?」
咲良社長は顔を寄せてきて大きな声で言う。
それでもなんとか聞こえるって感じだけど。
「正直舐めてました!」
ゴンっと背中を殴られる。
「それは見直したってことよね!」
「全体的に気になる部分はありますが、僕がファンなら気にならないんじゃないですかね! 十分以上の水準だと思いますよ!」
「そうなのよね!」
咲良社長は腕を組んでうんうんと頷いた。
「はい、止めて! 1回止めて!」
咲良社長は大きく身振りをして音楽を止めさせる。
ステージ上のステラリアの面々も動きを止める。
その呼吸はぜぇぜぇと荒い。
九重ユラを除いてだけど。
彼女たちは肩を大きく上下に動かして呼吸を整えている。
九重ユラを除いてだけど。
「みんな、動きが揃ってないわよー! メイ、可愛く見せようとしすぎ! 自分ばっか目立とうとしない! ユラはもっとやる気出して! ユイ、あんたは肩に力が入りすぎ! 表情もっと柔らかく! ユウ、アンタはタッパが無いんだからもっと動き大きくして! カノンは……よくできてるわ。言うこと無し! ちなみにヒロくんはどう思った?」
え? 僕に振るの?
「ファンじゃない第三者の意見を聞いてみたいのよ。外側からの意見を取り入れたい。変化が欲しいの」
ああ、なるほど。
僕は酷く納得する。
咲良社長は僕らに仕事を見せたいだけではなかった。
僕らという異物を巻き込むことでステラリアの現状にヒビを入れたかったのだ。
ステラリアはある一定の人気を獲得している。
現状でもブリギットの稼ぎ頭だ。
チケット完売も何回かしている。
デビューからもうすぐ1年を迎え、人気は最絶頂だ。
最絶頂と言い切れる。
――そう、停滞しているから。
新曲が発売されてもオリコンの週間で10位に届いたことがない。
ファン数も少なくはないけど、増加もほとんどしていない。
稼げてはいるけどトップアイドルにはなれない。
ドームどころか武道館だって夢のまた夢だ。
現状という硬くて分厚いガラスがステラリアの前には立ちはだかっている。
きっと僕らはそれほど期待されているわけではない。
咲良社長はもうできる限りの手を尽くしているに違いない。
努力を惜しむ人ではないと思う。
でも届かなかったから、僕らという小さなハンマーでも試さずにはいられなかった。
しょうがないなあ。
咲良社長は誠実な人だから、僕らが誠意ある努力をすれば何も文句は言わないに違いない。
上手く行かなくてもちゃんとメルに協力してくれるだろう。
でもまあ、やれるだけやってやろうじゃないか。
僕らというハンマーを振り上げて、ガラスに叩きつけてやろう。
そうだ。アイドルはブレイクしなければならない。




