第253話 変なホテルの受付はモンスターの可能性がちょっとある
「ぎにゃ」
変なホテルのエントランスに入ったメルの第一声がそれだ。
事前に言っておいたにもかかわらず、メルは感情の振れ幅が恐怖側に行ったらしくて、ちょっと跳び上がっていた。
僕は、まあ、事前に知っていたからギリ不気味くらいか。
アカン側や、これ。
自分がまだ子どもだったら泣いてる自信があるけど、今の子って逆にこれが当たり前の人生を生きるのか。
ニャロさんが言ってた世代間断絶というやつかもしれない。
僕らにとっての非常識が、新世代の常識に変わる。
世界が塗り変わっていくのだ。
ニャロさんくらいの年代だと世界のゲーム化によって完全分化されたくらいだから、そういう言葉が出てきやすいのかな。
僕くらいだとどっちかというと、後の世代だ。
世界がゲームなのが当たり前って感じ。
だけどロボットがホテルの受付をしてるのはまだ受け入れられないなあ。
それを世代間断絶というのなら、メルの場合は世界間断絶だろうか。
僕はもう両方に足を突っ込んでしまっているし、メルもこっちに足を踏み入れている感じがする。
この先、この断絶は強制的に埋められて、2つの世界を行き来するのが当たり前の時代が来るのかもしれない。
完全に運営次第だけど。
ロボットが受付をしているとは言っても、彼らが書類を差し出したり、受け取ったりするわけではない。
喋る自販機と同じで、それらの役割は補助的なものだ。
いわゆるインターフェースを、人形に置き換えただけで、やることは最近のホテルだと割と一般的なQRコード受付である。
リーダーに咲良社長から送られて来た画像のQRコードをかざして、機械が排出する部屋のカードキーを受け取るだけ。
「これで受付終わり?」
「終わりだね」
動いて喋るロボットにおっかなびっくりだったメルも、終わってしまえばあっさりすぎてびっくりしている。
「部屋は、隣だね。手配してくれたんだ」
部屋番号はひとつ違いだった。
正直ありがたい。
メルに部屋の設備をどう使うか説明しないといけないし、離れた場所に別々というのは不安だ。色々な意味で。色々な意味で。
スタンダードダブルという、多分ダブルベッドの部屋なのは客室数が多いからこっちになったんだろう。
ちなみにツインがベッド2つで、ダブルは大きいベッド1つのことです。
初めて出張で宿の手配を任された時に失敗するのは時々聞くから気を付けて。
うん、変な漫画での知識だよ!
はいはい。
部屋行こうか。
まずは僕の部屋にメルを招いて設備を説明する。
一応ね。
LGスタイラーは、面倒なのでここに服をかけとくといいよ、とだけ説明しました。
こんなの家電詳しくないと知らないだろ。花伝さん!
まあ、僕の家とで設備が違うのは、ユニットバスってことくらいか。
「おトイレとお風呂が一緒!?」
アーリアだとトイレは汲み取り式だからあり得ない組み合わせだよね。
戸惑うのは分かるよ。
だけど案外便利なんだよな。ユニットバス。
シャワーを使ってトイレが洗えるし。
シャワーを使ってトイレが洗えるし。
……それくらいか。
部屋の掃除をしないメルには全然関係なかったな。
一通り説明をして、一旦荷物をそれぞれの部屋に置いて廊下で合流する。
咲良社長にはチェックインしたことをLINEで伝えた。
タイミングが良かったのか、すぐGOOD!ってスタンプが返ってくる。
まだ太陽は高く、夕食には早い。
チェックインしてからどうするかは何パターンか考えてきたけど、うーん、ちゃんと見えないか。
見えたら、あれに登ってみようか、って言おうと思ってたんだけど、さすがコンクリートジャングル。
周囲が建築物だらけで見えにくいな。
「メル、この辺で一番高い塔に登ってみようか」
「え? それってダンジョン?」
「ダンジョンではないし、エレベーターで登れるよ」
「ん~、行く」
なんでちょっと迷ったんだろう。
ダンジョンだったら即答だったの?
まあ、旅先でとりあえず高いところに登って、周辺を目視するというのは基本中の基本だ。
浅草橋駅から都営浅草線で押上[スカイツリー前]駅まで電車で移動する。
「でっか!」
なぜかそう言ったのは僕のほうだった。
いや、駅一体型のスカイツリーの足下施設である東京ソラマチ広すぎない?
僕らはスカイツリーの入場券を、ぐぬぬ、スカイツリーエンジョイパック(すみだ水族館入場プラン)だと?
しかも学生証の無いメルは大人料金かあ。
大人だあ。
ここの入場料金だけで8,000円以上飛んでったんだけど、物価おかしくない?
ここまで来て払わない選択肢は無いけどさあ。
ずるいよ。観光地価格。
驚くほど振動も音も無いエレベーターで天望デッキへ。
「うえええええええ!?」
到着した天望デッキから見える景色に、今度はメルが悲鳴を上げる番だった。
そらそうか。
上昇加速度は感じられたにせよ、あれだけの短時間でこの高さまで連れて来られているとは思うまい。
しかもスカイツリーを外から視認せずにここまで来てるんだもん。
パニックになって僕にしがみついてるメルと、しがみつかれている僕を微笑ましい目で観光客の皆さんが見ているけど、ぶっちゃけると君たちがしがみつかれると死にますからね。腕力で。
服が破けていないのは、メルのしがみつきが攻撃力が高すぎて、僕が戦闘防御中の判定となったんだろう。
衣服が防具としてレベル補正がかかって丈夫になっているに違いない。
「え? え? なにこれ?」
「ごめん。僕がちゃんと説明していないのが悪かった。ここは地上345メートル。あとここからまだ100メートルくらい上の天望回廊にも上がるよ」
「お、折れないの? これ? こんなに人がいて大丈夫?」
「大丈夫だよ。ちゃんと設計されているからね」
この様子だと、ガラス床は連れていかないほうが良さそうだ。
変に力が入って、壁やら床やらぶち抜く可能性が無いとは言えない。
スカイツリーが作られたのは10年くらい前で、当然設計時には世界はゲーム化していなかったので、高レベルの人間がいる前提での強度設計ではないはずだ。
パニックを起こしてるメルがどうなるか分からないから言わないけど。
そう考えるとちょっと怖くなってきたな。
僕らの攻撃力なら折れるかも。
流石に無理か?
試すわけにもいかないので、スカイツリーは今日も無事だ。




