第249話 僕は風呂敷を広げる
僕の大言壮語を聞いた咲良社長はまるでオバケでも見るかのような、そんな引き攣った顔で僕を見ている。
聞き間違えでは無いか何度も再確認しているのだと思う。
ぽかんと口を開けていても美人なのはズルいよ。
「ちょっと大げさに言いました。商売ってそういうものですよね。まずは大きく。それから現実的な落とし所を探していく。僕はそう思っています」
僕の助け船に咲良社長の意識は現実に戻ってきたようだ。
そして真面目な顔になると、声のトーンを落とし、恐る恐るという感じで言葉を口にする。
「カズヤくん、もしかして君は運営なの?」
思わず笑ってしまいそうになったけど、僕はそれを抑えて首を横に振る。
「違いますよ。人類全体のレベルを上げたいと思っている善良な一般市民です。オリヴィアとは協力関係にあります。彼女のチャンネルではダンジョン指南的な動画をコンテンツのひとつとする予定です。ダンジョンに挑戦することの利点や、実際のダンジョン攻略を紹介していきます」
「それは、何故?」
当然の疑問だ。
ある程度、情報の共有は必要だろう。
必須の目的ではないけれど、どうせやるならこっちも進めておきたい。
いずれ運営がこっちの世界でも動き出すと僕は信じている。
「信じていただけないとは思いますが、本当に善意の計画なんです。今ダンジョンに入るのは一部の人を除いて、ちょっとしたお小遣い稼ぎ、という感覚です。ですがレベルを上げる恩恵はあまりにも大きい」
「……参考までに貴方のレベルを聞いてもいいかしら?」
「41です」
正直に答えた僕に咲良社長は眉をひそめ、それからテーブルに鎮座する物体のことを思い出して、表情を驚きに変える。
「これは貴方自身で?」
「僕とその仲間で、オリヴィアもそのひとりですよ」
その言葉を飲み込むのに咲良社長には時間が必要だった。
深呼吸を何度も繰り返し、やがて何かを飲み込むようにゴクリと喉を鳴らした。
「オーケー、心が付いてこないけれど、この価値すら分からない魔石がある以上そうなんでしょう。鞄に戻しておいてくれる? 誰かに見られたらと思うと、私の方が怖くなるわ」
「そうですね」
僕は魔石を無造作に鞄に入れた。
そんな僕を咲良社長が信じられないものを見る目で見ている。
けれど僕らからするとこれくらいの魔石は別に大したものでもないんだよな。
これくらいのって一番使いどころ無いし、余ってるし。
本当は計画に必要で、一番数のある30層以降の魔石を持ってくるつもりだったけど、そうしなくて正解だった。
そんなことをしたら咲良社長が腰を抜かしてしまっていただろう。
「でも皆のレベルが上がって、皆が強くなって、それで貴方に何の利益が?」
「今すぐではないんですが、30層以降で手に入る魔石が必要なんです。大量に。いいえ、大量なんてものじゃない。それも継続的に入手する手段が必要です」
「それは日本の国益を損なうようなものではないわよね?」
ああ、海外の工作員、とまではいかなくとも、海外探索者ギルド関係者の可能性を疑われたかな。
「少なくともなにかを、誰かを傷つけるためでないことはお約束します。国益にも反しません。将来的には日本政府とも交渉するつもりです。その足がかりとして、僕はオリヴィアに国家レベルの、いいえ、世界レベルの発言力を手に入れてもらう」
できるだけ早く結界装置の特許を取得して公開情報にする。
その上で国に量産体制を整えさせ、それを動かすための、つまり30層以降の魔石を供給する、あるいは国が手に入れられる状況を作り出す。
そうすれば運営が引き起こすイベントでの犠牲者を減らすくらいはできるだろう。
「それは……、私の手に余る話だわ……」
咲良社長は天井を仰いだ。
彼女の事務所では、登録者100万人を超えたインフルエンサーとか、大きめのライブハウスで2Daysを完売するアイドルとか、オリコンチャートの10位以内にたまに入る、くらいが精々だ。
政治家に影響力があるほどではないだろう。
「なのでステップアップを目指す、というのはブラフではありません。ネットだけでもいずれ可能だとは思っていますが、テレビ等と相互作用を起こすことで加速、咲良社長の言葉を借りるのであれば、その道程を高速道路に変え、僕らはスポーツカーに乗ることができますから」
「よく分からないけれど、急ぐのね?」
「無理をしない程度に。僕は普通の高校生ですから、学業を疎かにはできません」
「普通の高校生」
咲良社長は僕の言葉を繰り返すのが精一杯で、言葉を失っているようだった。
「咲良社長、僕は咲良社長のことを信じていいと思っています。それが僕の判断です。だから本来は話すつもりではなかったところまで話しました。メルは全世界に向けて発信をしたい。僕はその発信力を利用して政府と交渉してものを売りたい。そしてそれに価値を付与するために30層以降の魔石が継続入手できる状況が必要なんです。ロハで話せるのはここまでです」
ここまでだと区切りを入れられたことで、咲良社長は思っていたよりも早く現実に復帰してくる。
こういう辺りはちゃんとプロフェッショナルって感じだ。
「……ん、秘密の棚を増設するわ。この話を進めたら、もっと詳しい話をしてもらえると思っていいのね?」
「はい。ステップアップするとは言いましたが、その場合でも咲良社長とは良い関係を維持できたらと思っています」
「1度部屋に荷物を置いてくるわね。私の鞄を頂戴。ここで待っていて。大丈夫、逃げたり通報したりはしない」
「どうぞ。すぐにお返事をいただけるとは思っていません。じっくり考えて、判断してください」
咲良社長は落ち着きを取り戻せないまま、ラウンジを立ち去っていく。
それでも美しさを感じる後ろ姿だったけれど。
「ちょっと喋りすぎたかな?」
「咲良さんのことは信用していいと思う。だけどひーくんの話は負担になっちゃってたね」
「だよね。ちょっと楽しくなりすぎて、必要以上に勝とうとしてしまった」
僕らはとっくに勝利条件を満たしていた。
魔石の切り札を切る必要はなかったな。
交渉材料のひとつとして持ってきた魔石だったけれど、どちらかというと劣勢になった場合の逆転要素として用意していたもので、咲良社長を打ちのめすためではなかった。
「僕はまだまだだな」
もっと上手い商人になりたい。
僕の考える上手い商人とは、関係者全員が利益と満足を得る商人だ。
僕は咲良社長に気持ちよく協力してもらえるようにするべきで、打ちのめすべきではなかった。
氷の溶けたアイスコーヒーをストローで啜る。
シロップを入れてなかったので苦みが口の中に広がる。
心地良い苦みだ。
喋りすぎて乾いた口の中を洗い流してくれる。
「ひーくんの理想って高いよね。自分にも、他人にも」
「そうかな? 無理な理想を掲げてはいないつもりだけど」
「高いよ。私の思う一般的な人は、まず世界を救おうとしないもん。それはプレイヤーがやることだよ」
「世界を救うのはついでなんだけど」
僕がそう言うとメルは半目で呆れたように僕を見た。
ありがとうございます。
その目で睨まれるのなんか好きなんだよな。
メルが他の人には見せない一面を見せてくれているという感じがする。
「自分が何を言ってるのかを1度紙に書きだして読み返してみるといいよ」
「それはいいアイデアだね。今度音声を自動文書化できる録音アプリでも入れてみるよ」
僕がそう言うと、メルははーっと息を吐いた。
「なんでもできるなあ、スマホ」
「なんでもはできないよ。できることだけ」
「そのできることが幅広いって話。Discordは覚えたけど、その他は全然」
「あー、横のボタンを長押しして、なにができるか聞いてみたら一応それっぽい答えはくれるよ」
僕はスマホの音声応答機能を教える。
「これでいい? えっと貴方は何ができますか? わ、なんか出てきた」
「そんな感じでこれからはやりたいことができるかどうか1度聞いてみるといいよ」
「ひーくん、ありがと! でもひーくんがいるときはひーくんに聞くね」
「それだと今の機能ほとんど使わないかもなあ」
メルが日本にいるときは大抵僕も一緒だもん。
「っと、母さんからLINEだ。いま会社を出たみたい。どこに向かえばいいかって、もうここに来てもらおうか。ここは何時まで使えるのかな?」
そう呟いただけだったけど、スタッフの方がやってきて声を掛けてきた。
「もうしわけございません。お客様。こちら18時でご退出をお願いしております」
そして深々と一礼。
スマホを確認すると17時46分だ。
もうあまり時間が無い。
「じゃあもう出ないと。お会計はどうすればいいですか?」
「お連れ様がチェックアウト時にお支払いされると伺っております」
「分かりました。18時以降で宿泊客以外がくつろげるようなところはありますか?」
「レストランが夜の営業を開始しております。また18時にバーがオープンいたします」
「ありがとうございます。ひとまず連れを待とうと思います」
なんにせよ母さんには一旦ここに車で来てもらおう。
移動するかしないかは到着までに考えておけばいいしね。




