第242話 アーリアに衣装を借りるという概念は無い
「さ、行こっか」
電話を終えた咲良社長は颯爽と歩き出した。西に。
僕は慌てて咲良社長を呼び止める。
「咲良さん、あっち、あっちです」
僕は北を指差して、先導する。
知らない土地だし、分からなくても当然だと思うけど、だったらどうして先に行こうとしたんだろう?
行動力のある人ってこういうところあるよな。
僕らは広い道路を渡って北側へ。
「車が鹿のために止まってる」
メルがびっくりして声に出す。
「ねー、私もびっくりした」
咲良社長がメルに同意したけど、多分、メルは鹿なんて轢き殺せばいいのにくらいに思ってますよ。
農地を知る人間の鹿への恨みは深い。
「このバスターミナルの2階みたいですね」
僕らは立派なバスターミナルのエレベーターを使って2階へと上がる。
貸衣装屋さんでは店員さんが笑顔で出迎えてくれた。
まあ電話直後に3人で来たら、その客だって分かるよね。
「ふわぁ、すっごい綺麗な布」
メルが目を輝かせて店内の衣装を見回した。
あー、確かに和服って掛けてある状態だと布にしか見えないかも知れない。
これが完成品だとはメルは分かっていないかも。
「これはこのまま着られる衣装なんだよ」
「そうなの!?」
メルは目を丸くして驚く。
やっぱりなー。
異世界言語理解は言葉を翻訳はしてくれるけど、知識はさっぱりだしね。
「日本語がお上手ですね。英語や中国語などでも対応させていただいていますけれど、大丈夫ですか?」
「日本語で大丈夫です!」
「承知いたしました。どうぞゆっくり見ていってくださいね」
「さっき電話した花伝です。いきなりごめんなさいね。この見たままの状況で」
咲良社長はあははと笑いながら自分のスーツを引っ張った。
むしろ店員さんの顔のほうが引き攣ってない? 何があったの、大丈夫?
「これ、もしかしてブリオーニじゃないです? 大丈夫ですか?」
「仕事着なんで消耗品ですよー」
さらっと言うけど、きっとブランドものなんでしょ?
知らないけど絶対そう。
それもハイブランドとか、そういうやつ。
「これ男性ものですよね? わざわざ直してるんですか?」
「これ着てると女性にウケがいいんですよねー」
ケラケラ笑う咲良社長。
普通にスーツだとしか思ってなかったけど、やばい、時計が高級そうとかそういうレベルの話じゃ無かったのか、これ。
「うちが契約してるクリーニング店では対応できないと思います」
「ああ、それは気にしないでください。ホテルのほうに無茶振りしますんで」
ええー、でも奈良ホテルなら大丈夫か。
国賓とかも迎えてるんだし、へーきへーき。
僕は衣装に夢中のメルを見守りつつ、耳は咲良社長と店員さんの会話にそばだてている。
うーん、磨いた斥候能力が無駄に洗練された無駄無く無駄なことに使われてるな。
僕の日本語おかしくない? だいじょうぶ?
そうしているとメルが僕の服の袖をくいくいと引っ張った。
なんだか頬がちょっと膨らんでいる。
あれ、なんか機嫌悪い?
「ねえねえ、ひーくん、これってどうやって着るの? 教えて!」
「ええとね、袖があるから、そこに腕を通して、体の前で合わせて、あとは帯で留めるんだよ」
僕は身振りを加えながらメルに説明するけど、ちゃんと伝わっている気がしない。
着物って色々難しいよね。
だからこそ洋装に取って代わられた部分はあるんだろうし。
僕は男性ものの着物だって着方が分からないのに、女性向けなんて分かるわけがないのだ。
助けて店員さーん!
「とりあえず皆様の衣装と、返却時間の延長は承知しました。じっくり選んでください」
「はーい、ありがとうね」
幸い咲良社長の対応を終えた店員さんがこちらにやってきて、メルの担当を引き受けてくれる。
さっきまでちょっと機嫌悪そうな感じだったのに、今はもうきゃいきゃい騒ぎながら店員さんと着物を選んでいる。
んで、僕はどうしたらいいんですかね?
羽織袴でいいんかな? コーナーはどこですか?
店員さーん。店員さぁーーん!!




