第238話 僕らは事前に確かめる
正直20時以降の店の選び方なんて分からないので、その後はメルとならファでウインドウショッピングをして過ごした。
これから芸能事務所の社長と会うのだけど、緊張は意外と無い。
レベルでステータスが上がっている影響かも知れないし、ニャロさんの同類っぽいからかも知れない。
僕の中の大枠でシャノンエリス枠に収まってしまったというか、大変失礼な話だと思うのだけど、雑に扱っていい大人枠に入ってしまった。
いや、東京からわざわざ奈良まで来て下さるのだから、こっちもそれなりの対応をしなければいけないと思うのだけど、それレザスさんの時間を買うのとどっちが重いかなあ、って思っちゃうんだよね。
あっちは都市の食料品を一手に預かる大商会の会頭だし、ぶっちゃけ圧が強い。
それに比べたら咲良社長はDiscordでチャットをしただけだけど、なんというか親しみやすい感じがしてしまうのだ。
いや、それもそういうキャラクターを演じているのかもしれない。
芸能事務所の社長って僕やメルくらいの年代の子どもと話をすることも多いだろうし、そういうキャラ付けが定着してるのかも。
でもまあ、ニャロさんの紹介だし、悪いことにはならないでしょ。
と思ってしまうくらいにはすでに僕はニャロさんのことを信用している。
キャラクター性ではなくて、人間性の部分で。
「一応、僕らの方針について共有しておこうか」
僕はならファの中を歩きながらメルに話しかける。
以前よりちょっとだけ距離が近くなったような気がするメルは頷いた。
「えっと、今から吟遊詩人の元締めみたいな人と会うんだよね」
僕はちょっと迷ってから説明を諦めた。
そもそも芸能界の説明が終わってないんだもん。
「まあまあ合ってる」
「その人に気に入られたら有名になりやすいんだよね」
あ、もしかして僕よりメルのほうが緊張してるのかな。
それもそうか。
僕はニャロさんの顔だけ潰さないように気を付けていればいいけど、メルにとっては切実な問題なのだ。
メルは有名になって両親を見つけるか、見つけてもらわなければならない。
可能性の薄い望みだけど、それが今の僕らの指標だ。
普通は逆かもしれないけれど、世界を救うとかは、サブクエストなのだ。
「メル。道はこれだけじゃない。咲良社長に気に入られるのは絶対に必要なことじゃないんだ。少なくとも気に入られようと自分を偽らないで欲しい」
メルに周りの期待に応えようとしてしまうところがあるのだとすれば、僕はメルができるだけ自分自身でいられるように支援したい。
それにメルはメルのままで十分に魅力的な女の子なのだ。
僕はそこをアピールしていきたい。
「いつも通りの私でいいってこと?」
「そう。僕らは僕ららしく行こう。無理をして背伸びすることも、周りに合わせて身を縮めることも必要ない。ここにいるのは多分いまこっちの世界で一番レベルが高い2人だよ。怖い事なんて何も無いんだ」
プレイヤーがまだ来てなければね。
僕の軽口にメルは軽く吹きだした。
「あはは、そうなんだ。ひーくんが言うならそうなんだね」
「少なくとも咲良社長のところに雇われるわけじゃない」
向こうはその気で来るのかもしれないけど、メルの来歴を考えたら絶対に無理だ。
いくらなんでも雇うとなれば最低でも履歴書が必要になるし、メルの履歴をちゃんと書けるはずもない。
メルは見た目が日本人じゃないから、パスポートだって求められるだろう。
そうなったらお手上げだ。
「じゃあどうして会うの?」
「咲良社長の事務所はインフルエンサーを抱えているし、今はアイドルグループだってYoutubeチャンネルを持っている。こっちの狙いは彼らとのコラボだし、向こうも同じだと思う。もちろんメルを自分のところで売り出したいと言う気持ちは絶対にあると思うけどね」
「コラボ?」
「例えばアーリアにも演劇ってあると思うんだけど、どうかな?」
「うん。あるよ。私は観たことないけれど、噂は良く聞くね」
「ある劇団が公演にとても有名な歌姫を呼んだら、みんな観たくて仕方なくなるんじゃないかな? こういう相互に利益を生み出す共同作品をコラボって言うんだ」
「ああ、collaborationだね。日本語ってすぐ英語を略すよね」
「はい。なんか分かりにくくてごめんなさい」
日本語って他所の言語が簡略化して入りすぎだよね。
異世界言語理解さんが混乱するので控えめにしてもろて。
「つまり私がお邪魔したり、逆に来てもらったりするってこと?」
「そうだね。流石にこの週末のライブにゲリラ参戦なんてことはないと思うけど」
「物騒なこと言ってない?」
「ゲリラ参戦は突発参加という意味で使われる日本語なんだ。ごめん」
言ったそばからこれだよ。
でももし依頼されたらどうしたものか。
多分アイドルのライブかなんかだと思うんだけど、メルなら振り付け一発で覚えて、メインのアイドルを食っちまうぞ。
やだ、ちょっと面白そう。
咲良社長、血迷って誘ってくれないかな。




