第232話 僕はようやく君を見つける 15
彼女は燃えるように赤い夕日を背に現れた。
その髪色はちょうど夕日の赤と溶け合って、まるで太陽の化身のようだ。
いけないとは思いながらも、彼女への信仰心が沸き立ちそうになる。
それほどまでに圧倒的な光景だった。
バチバチと瞳の奥で火花が散ったようだ。
ゴオと胸の中で炎が音を立てて吹き上がった。
体が熱を持つのに反比例するように指先は冷たく感じられた。
美しさは人の感じられる範囲を超えると神秘に変わるのだ。
赤色に染まった景色の中で碧色の瞳が宝石のように輝いて僕を見ている。
「こんにちは。メル。いい夕暮れだよ」
「うん。知ってるよ」
メルは夕日を背にしたままで、僕から目を逸らさない。
それがまた絵画めいている。
夕日を背にした少女は僕と会話を楽しむ気は無いのだ。
突き放したようなその態度が、彼女と僕の距離を芸術と鑑賞者に分かち絶っている。
「まず昨日のことを謝りたいんだ。僕は間違っていた。そして君を傷つけた」
メルは目を伏せ、首を横に振った。
ゆっくりと日は沈み、赤は暗い蒼に塗りつぶされつつあった。
「何も間違っていないよ。ただひーくんの世界と私の世界が違っただけ。実際に違うんだから、当然だよね」
メルの言うことはその通りだ。
僕とメルにはあまりにも大きな断絶がある。
僕らは生まれた世界がそもそも違うのだ。
「でも、それは誰とだってそうだ。1人1人、みんな見ている世界は違うんだ。だけど僕らは意思を交わすことができる。お互いに歩み寄ることができる。できるだけ近くから、似た景色を見ようとすることはできる」
いま正対している僕らは、振り返るだけで相手の見ているものを知ることができる。
必要なのはそれなんだ。
そして今すぐ必要なんだ。
僕の見ている夕日はもうすぐ帳の向こう側だ。
この美しい今日だけの景色を君が知らないままでいるなんて嫌だ。
「言葉ではなんとでも言えるよ。この問題の芯の部分はね、私がもうひーくんを信じられないってことなんだ」
それは嘘だ。
僕にだって分かる嘘だ。
君はまだ僕のことをどこかで信じている。
こんなこと昨日までの僕なら考えられなかったけど、今なら言える。
「いま真っ赤に燃える太陽が地平線に沈もうとしてる。夕日から伸びた赤は雲に遮られるたびに暗い蒼に変わっていって、黒と滲んでいく。消えかけた赤はまだなんとか君の髪と同じ色だ。でも君の輪郭が見えるようになってきた。さっきまで君はまるで太陽に溶けたようだったよ」
伝われ。
拙いけれど、僕は僕の世界を君に伝えたい。
君が振り返ってくれなくても、僕は僕の見たものを君に伝えたい。
「空はもう暗くて、ひーくんの髪と同じ色。でもその中で星が瞬きだしてる。まるで瞳を覗き込んだときみたい。キラキラと瞬いて綺麗。雲はもう見えないね。でも星が欠けて、そこにあるのは分かる。見えないから見えるんだね。不思議。考えたこともなかった」
僕は振り返る。
メルが言葉にしてくれた景色を目の当たりにする。
煌めく星が瞳のようだなんて、僕は思いもしないけれど、だからこそメルの言葉にはメルの世界が込められていた。
「僕の目に映る世界は、君の言葉から想像した景色とはちょっと違うみたいだ」
「夕日はもう沈んじゃったね。私は間に合わなかったんだ。ひーくんが言葉にしてくれた世界を私はひーくんの言葉でしか知らない」
僕は無意識に後退していたようだ。
それともメルが後退してきたのだろうか。
あるいはどちらも?
僕らは今は背中を合わせてお互いの答え合わせをしている。
「メル、僕はどうやら僕は僕が思っていたよりもずっとずっと君のことを知らないみたいだ」
「うん」
お互いの見ている景色は違うけれど、僕らはいま体温を共有している。
これから先もこうやってすれ違い続けるのかも知れない。
僕らは一生分かり合えないのかも知れない。
「僕が好きだったメルという女の子は君じゃなかった」
「うん」
でも今こうして感じているのは確かにメルだ。
メルという女の子の熱で、鼓動だ。
生きている普通の女の子だ。
「僕の好きは間違いだったし、もうその気持ちは消えてなくなったよ」
「うん。じゃあ」
「僕は!」
何かを言いかけたメルの言葉を遮って僕は叫ぶ。
アーリアの一番高い場所で、町中に届いたって構わない。
今のこの僕の気持ちを言葉にして、メルに届けたい。
「僕は君のことを何も知らないけど、でも君のことを好きになりたいんだ。好きになるなら君がいい。君じゃなきゃ嫌なんだ!」
背中を合わせているから、メルの体が少し硬直したのが分かった。
彼女は息を吸って、そして吐いて、もう一度吸った。
「ふふっ」
そして堪えきれずに息を吐いた。
体を震わせて、僕の背から体を離す。
その熱が消えて、僕は慌てて振り返った。
「あははは」
メルは僕に背を向けたまま、お腹を抱えて笑っていた。
「え、笑うとこ?」
「だって、だって、ひーくんってば、あはははは」
振り返ったメルは目尻に涙すら浮かべていた。
なんだかよく分からないけど、僕なりの精一杯はそんなに面白かったかな?
「ねえ、おバカなひーくんに教えたげる」
メルは立ち上がって僕の胸を人差し指で突いた。
「その気持ちをね、みんな恋って呼んでるんだよ」
なお、見張りの交代はこの空気の中、出て行くに出て行けてません。




