第219話 僕はようやく君を見つける 2
『一方で私はこうも思う。あの女の子は至極普通の女の子だった。君が信奉するほどに特別な女の子だとは思わないね』
ニャロさんの言葉に僕は思わずむかついてしまう。
『それはニャロさんが彼女を知らないからではないですか?』
『そう言う君こそ彼女を理解していなかったんだ。私が話した印象では、彼女は普通だよ。そりゃ見た目はいいし、性格も良い子だとは思ったけれど、君だって悪かない』
『はい?』
思ってもいなかったことを言われ、僕は思ったことをそのままチャットで送った。
『君は特別な華があるタイプではないけど、醜いというわけじゃないし、なにより意識して見た目に気を遣っているだろう? モテる、とまでは行かなくとも女性が離れていくというわけでもないんじゃないか?』
確かにクラスでトップカーストの女子たちが僕に話しかけてくる。
内容はメルに関係したことばかりだったけど、僕を避けている様子はなかった。
だけど見た目で、ということであれば、
『それは、彼女と出会ってから意識するようになったんです……』
返信までは少し時間があった。
顔見ていないやりとりはこういうときちょっと不安になる。
幸いDiscordでは相手が入力中だと分かるのが救いだ。
『だとしたら尚更だ。君は彼女と出会ってからどんどん魅力的になっていったんだ。自分から気持ちが離れていくのではないかと不安になるのは、果たしてどっちだろうね?』
『そんな、まさか』
メルのほうが僕の心変わりを恐れていた?
そんなはずはない。
僕ごときが、メルのような素敵な女の子から乗り換えるなんてありえないのに。
『その自虐的な感性を真っ当にしなさい。餡かけうどんが君たちのことを不安に思わなかったのが不思議だよ。おそらく君はずっとそうなんだろう。だから身近な人間にしてみれば君の信奉は至って普通に見えてしまっていたんだな』
僕は言葉を失う。
僕は亀で、彼女は月だ。
ずっとそう思っていたからだ。
『自分を正しく評価してあげなさい。自分を信じてみなさい。君にはちゃんと魅力があって、それを正しく汲み取ってくれる人もいるんだ。彼女はきっとそんな1人だったはずだよ。私の見る限りはね』
僕にも魅力的な部分がある、とニャロさんは言う。
確かに見た目は悪くはないと思う。
ちゃんと清潔感を意識して、手入れを怠ったことはない。
『まず自分を見つめ直して、それから彼女のことをちゃんと知るんだ。自分を真っ当に評価するように、彼女の本当をちゃんと見てあげなさい。君がしたのは彼女に対してとても失礼で、そして悲しいことだった』
僕は僕自身を見つめ直さなければ行けないと言うことか。
確かにこの1年で僕は変わった。
商人として金を稼ぎ、その金を使ってレベルをあげ、常人離れした身体能力も手に入れている。
比べる対象がメルや、エリスさん、シャノンさんだったため、劣って見えていただけだ。
地球ではともかく、アーリアでは冒険者界隈では顔も名前も知られている。
有名人、というほどではないが、いや、有名人でいいかも。
商人として成功した少年が、冒険者としても成功しようとしている、というのがアーリアでの僕の客観的な評価であろうからだ。
問題は僕をそれを僕の力だと思えないところにある。
全てはどういう理由でか僕が手に入れたキャラクターデータコンバートのお陰だ。
まったく情報の無い特異なスキルで、どうしてもそれを自分の能力として勘定に入れていなかった。
だけどこれも含めて僕の力だと認識してもいいのだとすれば……。
僕はおそらく、特に地球において飛び抜けて価値のある存在だ。
『ありがとうございます。ニャロさん。よく、考えてみます』
『いいんだ。私の言い出したことが原因みたいだからね。ただ私の予想していた最悪の展開よりはずっと良かった。君たちはちゃんと話し合い、いま問題が露呈した。この爆弾がもっと大きくなっていたら、と考えると背筋がゾッとするよ。その時はきっと私は君たちのことを見なかったことにして、協力もせずに離れていただろうがね』
大人ってずるい。
でもニャロさんは僕らが間違いをこれ以上大きくしないように力を貸してくれたのだ。
もうちょっと事前に教えてくれていても良かったんじゃないかって思うけど、そうしたら僕はきっと反発していたかも知れない。
それくらい僕が僕を嫌いだからだ。
そう、僕は僕が嫌いだ。
だから僕はまず、僕自身を好きになることから始めないといけない。
成長過程にニャロさんみたいな大人に出会って、こんな言葉をかけられたかっただけの人生だった。
だから自分が自分を好きになれなくて苦しんでいる子どもに出会うことがあれば、貴方にはちゃんと価値があるよって伝えてあげたいと思います。




