第216話 ちゃんと話をしよう 3
「ごめん、少し考えさせて」
僕は一旦話を切って考える。
多分メルは僕が自分の考えをまとめる時間を作りたがっているのだと思っただろうけど、実際に僕が考えているのは今この時に告白をしていいのかだ。
いや、ダメだよ。
少なくとも今ではない。
何故ならこの話し合いの機会はニャロさんに主導されたものだから。
僕がそうしようと思ってこの場を設けたわけじゃない。
最低限、この恋心を伝えるなら僕が設けた場でありたい。
別にロマンティックなシーンを演出しようというわけじゃない。
例えばその場の雰囲気で、という場合もあるとは思う。
可能であればその雰囲気を自分で作った、用意した場で伝えたい。
逃げだと言われるかもしれないけど、僕は違うと思うんだ。
だけどいま問われている僕がメルの支援者になった理由について、僕の恋心を省いて説明はできない。
つまり僕はメルに全てを話す場を用意しなければならないということだ。
いつか。
いつか?
それではダメだ。
後回しにしてはいけない。
いま、やらなければならない。
僕はきっとまた言い訳をして、やらない理由を探し始める。
メルのために燃え上がったものがあるなら、その炎を絶やしてはいけない。
やるんだ。いま。何が何でも!!
「行こう。メル。僕らの始まりの場所へ。そこで話すよ。僕の理由を」
僕は立ち上がり、メルに手を伸ばした。
「うんっ!」
彼女は僕の手を取り、そして僕らはアーリアへとその身を投じた。
時間は夕方に差し掛かっている。
ほとんど時差の無いと感じる日本とアーリアだけど、日の沈む時間まで一緒なわけではない。
アーリアの空はまだほとんど青。
太陽の光が波長を赤に寄せていく夜に向かう始まりの時間。
僕らは靴を履いて、東へと走った。
多分、門が開放されている時間にアーリアには戻れない。
だけどそんな事情は頭から追い出した。
こんな些細なことから僕らの秘密が暴かれるかも、なんて考えるのは今は嫌だ。
「この辺りだっけ?」
「えへへ、分かんない」
僕らは笑い合う。
なにか目印があったような場所では無い。
僕らの指標は東の森に入る木こりの道から少し離れた場所だった、というメルの記憶だけだ。
本当のところは、それっぽいところであればどこでもいい。
実際に僕が意識を失っていた場所そのものに拘っているわけではない。
「まあ、ここでいいか。僕はどんな風に倒れてたの?」
「最初に見えたのはスモールスライムなんだよね。スライム系って得物が死ぬと捕食主以外は別の場所に行っちゃうから、あれだけ集まってるってことは、もしかしてって一応見に行ってみたの。そしたら大の字に寝てる人に集ってたからビックリしちゃった」
「思い返してみたらよく無事だったなあ」
スライム系のモンスターはヤバい、というのが一般的な認識だ。
古いRPGを知っている僕は、スライムが雑魚扱いされていたことも知っているんだけど、今の世界的な常識としてスライム系はヤバい。
なんでかというとスライム系は得物の頭部にへばりついて窒息を狙ってくるからだ。
スモールスライムは外皮が硬くて、うまく得物の頭部にまとわりつけないけれど、上位種はそうではない。
ダンジョンの天井などから突然降ってきて、頭部にまとわりつかれたら、ソロなら終わり。
パーティを組んでいても窒息死する前に救出されることは稀だ。
頭部に取り付いたスライムを引き剥がす方法が地球には無い。
アーリアでは幾つか手段が広まっていて、対処法はあるんだけど、地球ではまだだ。
よく使われるのが塩をぶっかける方法で、浸透圧で云々かんぬんというよりは、スライムが塩を極端に嫌う。
地球でも気付きそうなもんだけど、スライムは避けるというのが定番になっていて、対処法の発見まで行ってないんだよね。
「帰り道で良かったよね。残ってたお塩全部使ったもん」
「メルが行きだったら僕は死んでたんだ……」
「かもね」
塩は安価で便利なので、冒険者は冒険に行くときは買い込んでいくものだ。
というか、根本的に人間は塩が必要だし、戦闘なんてして汗をかいたら尚のことだ。
岩塩を舐めながら冒険する人もいるという。この人はスライムを過剰に怖がっている説もあるけど。
それくらいスライムは怖がられている。
人は窒息したら大体5分くらいで意識を失って、10分で脳に不可逆なダメージを負う。
つまりスライムに集られていた僕が無事に助かるには最大でも10分の猶予しかなく、メルはおそらくほとんどノータイムで救助に入ったんだろう。
いや、改めて考えて見たら、本当に死ぬところだったんだなあ。
「こんな感じ?」
僕は草の上に寝転がる。
見える空の色は全く違ったけれど、当時、空とメルだけが見える光景を不思議に思ったものだった。
「もっと、なんというかね、綺麗に寝てなかったよ」
うーん、見苦しかったってことかな。
まあ、呼吸困難になっていたわけだし、それはそうかも。
「まあ、それでメルが助けてくれたんだよね」
「そうだね。口の中にまでスライムが入りこんでたから、本当に危なかったよ。こう、胸のところをドンって押したの」
メルが拳を振り上げる。
「待って、今のメルがそれやると僕が死ぬ」
僕は慌ててメルを止めた。
「そうかも。それでスライムが口から飛びだしてきて、ようやくひーくんは目覚めたんだよ」
「そっか、僕はミミックに食べられて、次に気が付いたら目の前に君がいて」
二人とも出会った頃に思いを馳せている。
想いを伝えるなら今をおいて他にない。
「そして僕はメル、君に一目惚れしたんだ」




