第212話 知りたかったことを知ろう
『つまりオリヴィアさんは1度見ただけでその動きをほぼ再現できる上に、自分の姿勢を客観的に理解できているということでいいかしら?』
あのダンスができるようになるまでの顛末を聞いたニャロさんは、眉と眉の間を人差し指でトントンと叩きながらそう言った。
分かるよ。
動画は1回見ただけ、数回自分で踊ってみて、動きを修正。
本番は1発で完璧なクオリティ。
意味が分かんないよね。
「感覚的なものなので、動画を見て修正は入れています」
そう言えばメルは動画を確認して、ここが違うみたいなことを言ってたっけ。
確かにメルはこれまで自分の動きを客観的に見る機会はほとんどなかったはずだ。
アーリア側はカメラどころか、綺麗に映る鏡すらない世界である。
自分の思うように自分の体を動かさなければ死ぬ。
天性の才能もあるのだろうけど、戦いの世界に身を置いて来たから鍛えられた感覚なのだろう。
幼い頃から魔物を狩ってレベルを少しでも上げようとしてきたメルの努力が、いま違う世界で輝いている。
『それにしたって……。いいでしょう。オリヴィアさんはどんなダンスでも1度見たら再現できるということね?』
「なんでもというわけでは。その、動き自体が真似できない場合もあると思うので」
いや、ほとんど無いんじゃないかな。
相当柔軟性を要求されるものなら、そういうものもあるかも知れないけれど、メルの身体能力はレベルで底上げされて、普通の人間を逸脱している。
メルにできないのであれば、大抵の人間ができないだろう。
『オリヴィアさん、芸能界に興味は?』
「げいのーかい、ですか?」
メルは片言で返して、きょとんとしている。
あー、異世界言語理解が働かなかったな、これは。
アーリア側では芸能界に相当する現地の言葉が無いのだ。
こういう場合、その説明文が聞こえる、というようなことはない。
現地の言葉がそのまま耳に飛び込んでくる。
「ダンスとか歌を仕事にして、お金を稼ぐ気は無いか、ってこと」
僕が補足説明を入れる。
『そう言えばオリヴィアさんはどこの出身なのかしら? 日本語がとても流暢だから忘れていたわ』
僕らにとっては答えにくい質問だ。
だけどニャロさんの協力を仰ぐ以上、ある程度の情報開示は必要だろう。
「実はそれは公開したくない情報なんです……」
『ああ、秘密は人の好奇心を駆り立てるスパイスだものね。正しい戦略だと思う』
一瞬で表向きの理由を言い当てられる。
『でも今はパブリックじゃない。それは協力者にも秘密にしなければならないこと?』
「まだ協力を確約していただいていません。動画製作への協力、コネの提供が最低条件です」
『分かった。一旦保留にしましょう。今はオリヴィアさんと話す時間だものね』
「お願いします」
『それで2人はどういう関係なの? オリヴィアさんに聞いてるからね』
ひゅっと僕の喉が鳴った。
いや、僕の好意を考慮しなければ、ぶっちゃけ女神とその信奉者みたいなもんだと思う。
これかなり考慮されてるな。
だけどメルから見たらどうなんだろうか。
ずっと聞いてみたかったが、勇気が出なくて聞けていないことだ。
メルにとって僕はなんなの?
あまりにも自意識過剰な質問だ。
でも友達というには僕らはお互いに支え合い過ぎている。
協力者というのはビジネスライクに過ぎるだろう。
かと言ってパートナーではない。
相棒と言えば比較的近付くけど、やっぱりなにか違う。
メルはこの関係をどう言語化するんだろう?
しばらくの沈黙があった。
あるいは僕にとって長かっただけで、ほんの数秒だったかもしれない。
「私たちは、言葉にするなら、支援者ですね」
『支援者?』
ニャロさんが首を傾げる。
アーリアの言語的にはそれで伝わる表現だったのかもしれないけど、日本語に変換されているせいか、僕もピンとこない。
「ええと、どう説明したらいいのか。人や団体に寄付を行うことがありますよね。その活動を支援するために、例え自分自身に見返りはなくとも、です」
『社会貢献活動のようなもの?』
「もっと個人的なものです。例えばお金持ちがお気に入りの画家の生活に金銭で支援を行うというような場合に近いと思います」
『……』
ニャロさんは少し難しい顔になる。
確かに分かりにくい説明だと思う。
画家がそうやって金持ちに囲われるようなことって現代では滅多に起きないだろうし。
「私たちはお互いがお互いにそうしているんです」
数秒黙考したニャロさんはハッと顔を上げる。
『分かったわ』
え、分かったの?
『あなたたちはお互いに推しなのね』
「はい?」
今度はメルに伝わらなかったよ!




