第210話 コネを作ろう
『いいよ。でもそれに見合う対価は払えるかな?』
お金、では駄目だ。
ニャロさんの名前を僕は聞いたことが無かったけど、ある程度の発信力がある人なのは間違いない。
少なくともずいぶん前からその道で生活してる人だと思う。
あとで確認はしてみるけど、それなりの発信力がある大人に仕事の対価を払うのであれば、それ相応の金額というものがあるだろう。
僕の手持ち日本円では足りない。
なら――、お金ではなく、体験を提供する。
『直接話してみたくはありませんか?』
『ん?』
『動画の彼女とビデオ通話、してみたくないですか?』
『へぇ、それが対価として見合うと思うんだ。客観視できてる?』
『できているつもりです。ニャロさんはその道のプロの方、ですよね。以前のバズを知らないはずがない。なのに敢えてそれには触れてこなかった。それに彼女がそこらのアイドルより可愛い? とんでもない。顔を見て話して貰えば過小評価だったと撤回することになりますよ』
『言うねえ。そういうカマし方、嫌いじゃないよ』
『いま連れてきます』
『えっ? いま? あ、さっき聞いてきたって言ってたっけ。ちょっと待って、10分、いや20分』
『分かりました。20分後でいいですか?』
『30分後にしてください』
なぜか敬語になるニャロさん。
よく分からないけれど、主導権が取れてしまった。
30分後か。
メルにも準備してもらわないとな。
まあ、自然にしていればいいと思うけれど。
「というわけで、メルにもその人と話をして欲しいんだ」
「それが必要なんだね。うん。いいよ」
「良くないよ!」
水琴の部屋の前で事情を説明したところ、水琴が大反発する。
「メルさんの服が無いし、メイクもなおさなきゃ!」
今日のメルの服装はアーリアに行っていたこともあり、アーリア風だ。
つまり現代日本的に見ると質素な感じ。
「別にメルはそのままでも十分だろ」
「マイナス30点」
「減点方式やめろ」
「加点方式のマイナス30だから」
「それ0点からのマイナス30じゃねーか」
「そうだよ。ああ、この時間ももったいない。メルさん、メイク道具は?」
「あるよ。あっちだと鏡が無いからひーくんのお部屋に置いてあるの」
レザスさんに渡せなかった鏡がメルのメイク用として僕の部屋に置いてあるからね。
アーリアでは所有しているだけで危険だから、こっちに置いておくしかない。
「んじゃ、さっさとメイク直そ」
水琴がメルの手を引っ張って僕の部屋に向かう。
「お兄ちゃんはあっち行ってて!」
僕の部屋なんだけどなあ。
とは言え、メイクが女性の聖域だというのは分かる。
異性に立ち入られたくない領域はあるものだ。
女性によってはメイク無しで他人に顔は晒せないと言う人もいるようだし、これは繊細な問題だ。
立ち入らないのが正解だろう。
僕は大人しくリビングに戻った。
ニャロさんも離席になってるなあ。
まあビデオ通話と言ったからには、部屋が見えちゃうだろうし、片付けは必要なのかもしれない。
でも今時、ネット系のプロの人がそういうの普段から気を付けていないわけがない気もするけどなあ。
うーん、暇だしGIMPの練習でもしてるか。
ニャロさんにサムネを提出して何が悪いのか指摘してもらいたいのだけど、不思議と悪い部分って作ってみると分かるんだよね。
なお作ってる途中には分からない。
そして現状が悪い、ダサいのは分かるのに、どう修正したら格好よく、正しくなるのかは分からない。不思議。
うーんうーんとできあがりを見ながら出来映えの悪さに唸っていると、後ろからちょんちょんと肩を叩かれる。
「準備できたよ、ひーくん」
振り返ると、いつものナチュラルメイクではなく、化粧しているとはっきりと分かるメルが立っていた。
目元を際立たせるアイシャドウに、薄い紅色のルージュ、頬にはチークで赤みが足され、いい匂いがする。
いや、最後の必要ないよね?
「……か」
可愛いねと言おうと思って言えなかった。
今のメルはどちらかというと綺麗で、言葉にするならばそっちだったからだ。
僕は気付く。
メルが水琴と同じ年だと知ってからは自然と彼女のことを序列があるわけではないけれど、年下として扱っていたのだと。
でもいま僕の前に立つのは少女というよりは女性で、僕はたじろぐ。
メルのメイク顔を見たことはあるのだけど、自分の家で見るとまた違う感情が生まれるというか。
「綺麗だ」
メルを褒めようとしたのではなく、ただ感情が溢れて口からこぼれ落ちたようだった。
「30点加算!」
まだ0点じゃねーか!




