第200話 なりたい自分になろう
僕は世界なんてどうでもいい。
だけどメルには笑っていてほしい。
僕とは違って、メルは善良の人だ。
自分が生まれ育った世界で無くとも、それが壊されたらきっと辛い思いをする。
だからこそこの世界を救う、というお題目をぶち上げたわけだし、実際にそれを目指すつもりだ。
空振りに終わるかも知れないし、その可能性は低くない。
まあ、実際に運営による危機が起きたとして、僕らの行動によって結果が大きく変わることはないだろう。
メルだってそのことは分かっていると思う。
ただ知っていて、行動せずにはいられないだけだ。
それを分かっていて僕はメルに情報と指針を渡した。
だからその分の責任として、僕は僕にできる努力を払わないといけない。
「ふぅ……」
息を吐いた。
ずっと画面に集中していたので目が疲れている。
指で解して、時計を見るとすでに夕方と言える時間だった。
水琴に言っておいた時間をすでに過ぎている。
僕は慌ててアーリアに移動した。
「あ、お兄ちゃん、おそいー」
「すまん。集中してた」
これについては全面的に僕が悪いので謝るしかない。
しかし水琴、お前ベッドにうつ伏せに寝転がって漫画読んでるやん。めちゃリラックスされてますよねえ。
普段着に戻ったメルもベッドに腰掛ける形で漫画を読んでいる。
「いったん日本に戻ろう」
3人で日本に戻ってきて、リビングで報告を受ける。
いや、僕はメルが楽しんでくれるならお金を出すだけでもいいんだけど、女の子ってこういうの話すの好きだよね。
そしてちゃんと聞かなきゃ不機嫌になるよね。
お金は僕が出してるのにね。不思議だね。
「それでね!」
どうやらメルは水琴にアーリアの市内を案内したらしい。
なんなら水琴は僕よりアーリアに詳しくなったかも知れないな。
2人の報告を聞いているうちに母さんが帰ってきて、夕食の支度を始める。
が、2人の話は終わらない。
というか、水琴の話だな。
アーリアはエキゾチックなんてレベルではないから、初めのうちは興奮するのも分かると言えば分かる。
僕は状況が違ったから生きるのに必死で楽しんでいられなかったけど。
水琴はメルの護衛兼ガイド付きで、資金も僕が提供してるからな。
完全に観光気分でいられるんだろう。
でもまあ、アーリアは観光地ではないので市内に特別な施設などがあるわけではない。
話を聞いている限り、メル自身もアーリアを隅々まで知っているというわけではないようだ。
それもそうか。
僕も僕の住んでいる町を隅から隅まで知っているわけじゃない。
それどころか知っているのはほんの一部分だけだ。
まあメルたちアーリア市民は市外に出ることが稀だから、その分、市内のことはおおよそ把握しているみたいだけど。
「はいはい。あんたたち、そろそろテーブルの用意をして」
母さんがキッチンから声をかけてきたので報告会は一旦お開きになった。
「で、楽しかったか?」
「めーーーっちゃ楽しかった!」
「良かった良かった。ほら、手を洗って来いよ」
水琴を送り出して、その後を追いかけようとしたメルに声をかけて引き留める。
「今日はありがとう。メルはどうだった?」
「私も楽しかったよ。水琴ちゃんの反応も面白かったし」
リアクション大きすぎてアーリアの人たちに変な目で見られていないといいけど。
「水琴ちゃん、いい子だよね。ずっと私に気を遣ってくれてた。私がまだ本調子じゃないって察してくれてるみたい」
メルからこの話を切り出してくるのは意外だった。
なんとなくメルが無理して僕らの調子に合わせていることに、僕らが気付いていないものだと思っていたのだ。
僕なんてこの世界を救ってほしいだなんて、かなりの無理を言っている。
休んでもいいよって言うのは簡単だ。
人を楽なほうに動かす言葉を言うのはとても気楽だから。
だけど僕は今のメルは無理をしてでも頑張る時だって思っている。
僕の勝手な憶測でメルに辛い思いをさせている。
それがメルのためになるって信じているからだ。
ああ、これが僕の妄執でありませんように。
僕が僕自身のためにメルを利用しているのではありませんように。
「ひーくんと同じだね」
メルはそう言ってニコッと笑うと、水琴を追いかけて行った。
「……君こそ僕に気を遣ってるじゃないか」
いつになったら僕は君を守れるほど強くなれるのだろうか。
いいや、なるんだ。
この瞬間からでも、自分の不安を、迷いを、躊躇を顔に出すな。
今そうであろうと努力しない者が、漠然と未来を望む者が、なりたい自分になれるわけがないんだ。




