第195話 醜さを取り繕おう
主要なアカウントの作成を終えると、メルはそろそろ眠気の限界になった。
アーリア人としてはかなり遅い時間まで頑張った方だ。
母さんも気付いたのか、そっとメルの肩に手を置いた。
「メルさん、お風呂入ってから寝てね。水琴、一緒に入ってあげて」
「はーい!」
「ふぁい……」
こればっかりは僕が付いていくことはできないから、水琴に任せる。
「アカウントはできたし、プロフィール欄とか、概要文とかはまた明日やるとして、父さん、動画編集について教えて欲しいんだけど。というか、どのソフトを使えばいいのか分からないんだ」
「だったらAviUtlだな。フリーソフトだが、使いやすいし、拡張性も高い。使い方の解説ページもいっぱいあるはずだ。パソコンはこのノートで性能は十分足りる」
そう言って父さんはリビングに常備してあるノートパソコンをテーブルに上げた。
「やっぱりいいやつなんだ……」
「そうでもないが、AviUtlは他の動画編集ソフトと比べても動作が軽いと思う。これで事足りるはずだ。ああでも、iphoneとの連携はiTunesがいるか。ダウンロードしとくか」
「AviUtlもダウンロードしておいてもらってもいい? 僕だと変なリンクを間違えてクリックしそうで」
「分かった。必要そうなプラグインも入れておく」
「僕は使い方のページを読んでおくよ」
スマホで検索して、使い方について書かれているページを読み始める。
うん、さっぱり分からない。
画面を見たことすらないものを説明されても全然分からん。
それでも無理矢理頭に詰め込んでいく。
分からないなりに、頭に入れておくと、後々、こういうことだったのか! ってなることがあるから、案外馬鹿にできない。
「いやぁ、こういうときはネット環境に金かけてる甲斐があるなあ」
父さんが嬉しそうに呟いたのを母さんは聞き逃さなかった。
「お父さん? 必要最小限にしてるって話じゃなかった?」
途端に父さんははっきりと狼狽えた。
母さんにちらちらと目線をやりながらも直視はできないらしい。
「か、快適なネット環境を得るための最低限の設備を整えているだけだよ。ネットが遅いと時間も無駄にするし、ストレスも溜まる。良いこと無いんだよ。それに家の中でWi-Fiが速いと、スマホのギガを無駄に使うことがないだろ。結果的にコスパもタイパもいいんだ」
「じゃあ最初からそう言っておけばいいでしょ。あとで価格差を調べさせていただきます」
「待った。この先、和也たちが動画をアップロードするようになったら高速回線は必須なんだ。これは必要投資だよ」
「今後はそうかもしれないけど、これまでの話をしています」
「ぐぬぬ」
どうやら父さんの財布から家庭の口座に補填が入るのは間違いなさそうだ。
家の両親は一応それぞれが独立した財布を持っていて、それぞれ家庭用の口座に毎月お金を入れる仕組みになっているが、結局それを管理しているのは母さんだ。
ちゃんと父さんも毎月家計簿を一緒にチェックしているらしいけど、通信費って結構かかるもんね。
僕は格安simのデータもそれほどでもないプランだけど、父さん母さんは3大キャリアのサブブランドを使用している。水琴は第4のキャリアだ。長電話だから専用アプリからとは言え通話料無料は必須なのだ。とはいえ基本はLINE通話みたいだけど。
「そういえばメルの通信キャリアはどこにしたの?」
「父さんと同じところだ。あくまで父さんの2回線目って扱いだからな。使用者も父さんってことになってる」
「通話料とかデータ容量は?」
「5分通話無料の6Gまで使える。メルさんが外出するときは和也も一緒だろうし、あんまり必要ないかとも思ったけど、今後知り合いができて通話の機会も増えるかもしれないしね」
僕の回線、通話無料ついてないんだけど。
まあ、かけないし、かかってこないからどうでもいいんだけどね。
今村さんや永井さんもメルの連絡先を知りたがっていたし、メルがいいなら交友範囲を広げてもらってもいいかもしれない。
メルの安全は確保しなければいけないが、一方でカゴの鳥みたいにしたくもない。
メルには選択ができる状態であってほしい。
だけどその一方でこうも思うのだ。
本当は誰にも見せたくない。
なにも知らないままの無垢な少女として僕の傍に居て欲しい。
酷い独占欲だ。
配信者になって欲しいと望んだのは僕なのに。
そして彼女が有名になれば、僕の仄暗い虚栄心が満たされるとも思うのだ。
取り繕え。
僕は決して善性の人間ではない。
だけどメルと並んでも見劣りのしない人間になりたいと思う。
醜い自分を覆い隠して、正しい人間になろうとすることは、きっと間違っていない。