第191話 尊厳を守ろう
「買われたってことは契約が成立したってことじゃん」
今村さんは言う。
「その女性は自分の価値に100万だか5万だか、もっと低いか知らんけど、最終的には値段を付けたんだよ。それで後から話が違うってのは、それこそ話が違くない?」
「そう、なのかな?」
あのDM欄を見た直後だから、精神的に男性が悪に傾いているのは自分でも感じる。
「2時間でいくらとか、バイトよりずっとワリが良いって言ってるアホがいるけどさー。あんたらが売ってるのは時間じゃないよ。自分の、なんつえばいいのかな、歴史というか、人生だっつーんだよね。あたしはヤだね。自分は2時間いくらで好きにできる人間ですって看板持つのも、スカートの裏地に縫い付けるのも」
僕は売る側でも買う側でもないから深く考えたことがなかったけど、パパ活って言葉で飾っていても、実際にはそういうことだ。
飾れてるか?
たとえ食事だけだとしても、その事実は変わらない。
その女性はお金を出せば一緒に食事に行けるという事実が、過去が一生ついて回る。
誰にもバレなかったとしても、本人は一生忘れることはないだろう。
「でも女子高生ブランドは使うんだ」
「そりゃそうだよ。なんなら女の一生で一番価値がある時期じゃない? 使わないなんてもったいない」
「それは尊厳を売ってることにならないの? ある意味自分に価格を付けるようなものだと思うんだけど」
「違う違う。全然違う。まあ、どうしてもっていうならあたしはあたしの値札にこう書くよ。5000兆ドル」
ドル!
100倍以上になっちゃった。
「自分の尊厳に付ける値段は、まあ、今村さんが言うならそうだとして、誰とも釣り合い取れなくない? 恋愛とか結婚とかはどうなるの?」
「余裕じゃん。あたしが好きになった人はそりゃ5000兆ドル以上価値があるっしょ」
「あー、取れたね、釣り合い」
今村さんは今の自分や、恋愛には値段なんか付けられないほど価値のあるものだと言いたいのだろう。
「中にはそっちの道を究めようとする人もいるけどねー。うちはオススメしないかな。100万貰えるようになるほど自分を高めてもさ、その価値のどれくらいが後に残るんだって話じゃん」
「料理上手くなったほうが価値あるよなー」
「ほんそれな!」
「でもあたしら料理ダメだけど」
「伸びしろだ!」
ゲラゲラと笑い合う2人。
この2人とこれだけ話したのは初めてだったけど、なんかいいな。
男女混合のグループで仲良くやっていられるのはこういう価値観によるものなんだろう。
失礼ながらリア充ってなんも考えてなさそうって思ってたけど、むしろ僕より人生について考えている。
人生全体で何かを積み上げていくって、高校生の時点で考えたりはしないよね。
それとも僕が考えなさすぎなんだろうか。
「えっと、結局どういうことなの?」
メルが聞いてくる。
「ええと、そうだなあ。有名になると変な人も集まってくるから、僕がメルをそういう人たちから守らなきゃいけないってこと」
「あー、あるよね。町娘なのに評判になりすぎて貴族に目を付けられるみたいなの」
「「貴族?」」
今村さんと永井さんが声を揃える。
僕は誤魔化そうと慌てて声を出そうとした。
「あ、いや、えーっと、これは」
「メルちゃんってそういうの読む感じなんだ。えー、見えない」
永井さんがよく分からないことを言ってメルに詰め寄る。
「そういう沙喜だって見えないって」
「好きなんだからいいじゃん! ね、いいよね。令嬢モノ」
永井さんはメルに同意を求めてくるが、あれか、WEB小説ってやつか。
「ああ、面白いよね。令嬢モノ」
メルに振られた話題だと分かっているけど、無理矢理僕が巻き取る。
「柊っちも読んでるんだ! え? え? 推し作品とかある? 男子が読んでるの良きー」
「僕は割りと雑食だから……」
「そっかー。オススメあるから今度教えるね!」
「あ、ありがと」
なんか変な流れになったが、とりあえず今村さんと永井さんの協力は取り付けたものと思っていいようだ。
「じゃあ歌うかー」
「おっさきー」
永井さんが端末でテンキーみたいな画面を出してぱぱっと数字を入力して曲を予約する。
なにその機能、初めて知ったんだけど。