第186話 アカウントを考えよう
持ち運べるギリギリまで古着を買い込んだ僕らは、部屋に戻って日本へとキャラクターデータコンバートした。
ポケットのスマホが振動して手に取ってみると、父さんからのLINE通知だった。
『メルさん用に父さんの名義でiPhoneを買った。アカウント名とかを考えておいてくれ』
『助かる』
話がはえー。
というより父さんはiPhone欲しかっただけだろ。
普段使いはAndroidなので、ガジェットオタク的にはiPhoneも所有しておきたくなるのだ。
とりあえずせっせと古着を仕分けながら、父さんがiPhoneを購入したことをメルと水琴に伝える。
「iPhoneって、スマホってヤツだよね?」
「お父さん、メルさんに甘すぎない? 家庭崩壊の危機じゃない?」
「お前もiPhone買ってもらってるだろ」
「もしもお父さんが買ったのが最新型のやつだったら、Proだったら」
ゴゴゴゴ、と水琴の背後に炎が見える。
水琴のiPhoneは結構型落ちのヤツだから、気持ちは分からないでもない。
だけど撮影したりすることを考えると最新型が欲しいところではある。
僕のスマホは中華Androidの安いヤツです。
独自OS風に改造してあるヤツ。
「とりあえずアカウント名とかチャンネル名とかを考えよう」
僕は水琴の意識を逸らすためにそう言った。
「アカウント名かあ。そういえばメルさんの名前はどうするの?」
「うーん、メルでいいかなって僕は思ってる。別に戸籍や住民登録があるわけでもないから、本名でなにか情報が引っかかるわけでもないし、そもそもメルシアの略称だしね。ただ短すぎて、例えばアカウント名をメルには出来ても、IDをmelとかmellにはできないだろうね」
「誕生日を後にくっつけるとか?」
「あっちには誕生日って概念がなくてだな。そもそもみんな今日が何日とか考えてないんだ」
「ええっ!?」
水琴が目を白黒させるが、本当だ。
暦もいい加減で、月の満ち欠けを見て、月が変わったなってくらい。
1週間とか、安息日の概念も無い。
「あとできるだけ伝えやすく、平易なIDにしたいよな。口頭で伝えてもすぐ検索できるような。短くて被らない、なおかつ記号が混じらないIDがあればいいんだけど」
「melのあとにひーくんのお誕生日付けるのは?」
「まあ、それで通るならそれでもいいんだけど、絶対メルの誕生日だと誤解されるよな。それが公式設定になって、それを祝うとかいう流れになると僕の心がキツい」
「耐えなよ」
「なんで不要なストレスを負わなきゃいけないんだ」
「じゃあひーくんのお名前借りて、柊メル、hiiragimelはどう?」
僕は胸を押さえてその場にうずくまる。
不意打ちでそれは破壊力が高すぎた。
「いーじゃん。これは被り無いでしょ」
水琴が喜色の滲んだ声で言う。絶対ニマニマしてるだろ、こいつ。
「あ、でも名前自体に被りはあるかも。IDは多分大丈夫、だけど」
「名前の被りは仕方ないところあるだろ。人間、本名でも被るんだし」
「そうだね。お兄ちゃんも同意だね」
僕は何度か深呼吸して立ち上がる。
「ひーくんと水琴ちゃんと私で作っていくなら、柊って入れたいと思ったんだけど、ダメ?」
「まあ、それは、まあ」
僕がとても恥ずかしい気持ちになっているだけだ。
メルに他意はないだろう。
というか、メルの気持ちが嬉しすぎて、これを拒否できるわけがない。
「じゃあ、一旦それで……、あっ」
僕はハッと気が付いて声を上げる。
すっかり忘れていたが、メルがSNSで活動を始めるなら釘を刺しておかなければならない相手が僕にもいる。