第181話 場所を変えよう
僕ら兄妹がやいのやいの言ってる間にメルのダンスはさらに洗練されていた。
不思議なのは彼女が撮影した動画を自分の目で見て確認しなくとも修正できることだ。
「え? 自分の動きって分からない?」
「それは客観的に、ってこと?」
「うん。こう見えているなって」
「いや、無理だよ!」
水琴が突っ込む。
確かに自分の体がどう動いているのか、自分の認識というものはある。
だけどそれがちゃんと客観的に捉えられているかというとそうではない。
真っ直ぐ立っているつもりでも画像を見せられたら猫背っていうのは多くの人が経験しているのではないだろうか。
背筋を伸ばして真っ直ぐに立つ、というのと、自分が楽な姿勢で立つというのはまったく違うということだ。
「うんうん。私もそうだよ。楽に立つとこんな感じ」
メルは姿勢を変える。
現代日本人ほどではないけれど、背筋がピンと伸びているとまでは言えない。
「で、真っ直ぐってこんな感じだよね」
メルの背筋が伸びて、美しい立ち姿に変わる。
「え、もしかしてメルって普段から立ち姿意識してる?」
「そりゃ人前に出るときは」
あまりの意識の差に僕は打ちのめされる。
美しいとは、その外見だけではなく、その精神性なのかも知れない。
「お兄ちゃんは姿勢悪いもんねえ。メルさんのこと見習ったほうがいいよ」
「お前も人のこと言えないからな」
だが問題はそこではない。
そこも重要だが、いま問題としているのは、メルはどうして自分の美しい姿勢が判断できるのかということだ。
「だって分かるでしょ?」
「分かんないよ」
メルに矯正してもらいながら正しい立ち姿というものをやってみるが、それでちゃんと背筋が伸びているように外から見えているのかは分からない。
普段使わない筋肉を使っているから、むしろ変な姿勢になっちゃってる感じすらする。
「子どもの頃から厳しく躾けられたからとか?」
「私、孤児院育ちだよ」
「――お兄ちゃんがごめんなさい! お兄ちゃん! 謝って!」
「ごめん。メル。配慮に欠けてた」
メルは両親のことで苦しんでいる最中なのだ。それを僕は。
「いいよ。気にしてない、とは言えないけど、孤児院で育ったことは別に卑しいことじゃないもん」
「ありがとう。メル。孤児院でそういう教育を受けたわけではないんだよね」
「そうだね。そっかー。普通の人には無い感覚なんだ、これ。昔からの違和感がちょっと分かった気がする」
つまりメルのこれは天性のギフト的なものなのかな?
確かにそうでもなければ幼い少女がひとりで森に入って魔物と戦うなんて異様だ。自分を客観視できる彼女だからこその戦闘能力なのかも知れない。
「ねえねえ、考察はどうでもいいからさ。撮影しない? 絶対バズるってこれ」
「いや、そんな甘くないだろ。それに……」
僕は周囲を見渡す。
ありふれた住宅地内の児童公園だ。どこにでもありそうな風景だけど。
「狙い通りバズったとして撮影場所が特定されるのはちょっと怖いな」
メルの素性が知れないことが彼女の魅力のひとつなのだと言ったのは水琴だ。
だからこそ場所の特定はされないほうがいい。
「撮影はアーリアでやろう。それなら特定は絶対にされない」
逆に地球上のどこでもないって気付く人が出てくるかも知れないけど、そんなの悪魔の証明だ。地球上のどこかにそういう場所が無いということを証明するのは難しい。
「私も行きたい!」
水琴が手を上げる。
「前回は暗くてよく分かんなかったからちゃんと見たい!」
「いや、でもアーリアは日本みたいに治安良くないからな」
「行きたい! 行きたい!」
「ねえ、ひーくん。私がちゃんと面倒を見るから水琴ちゃんも連れて行ってあげよ?」
なんか動物拾ってきたみたいになってるな。
「水琴ちゃん、お兄ちゃんの言うことちゃんと聞けるよね」
「うん!」
俺の前だとそんなに素直なことなくない?