第180話 練習をしよう
「こんにちは~。ダンジョン攻略チャンネルのメルです。はじめまして~」
僕は録画の停止ボタンを押して、いま撮った動画を再生する。
隣にメルがやってきて画面を覗き込んだ。
顔近!!
それはそれとして気になったことを呟いていく。
「うーん、やっぱりダンジョン攻略チャンネルは安易だし、雰囲気が堅いかなあ」
と言いながら検索すると、
「ってか、すでにあるよなあ」
今の動画に戻って再度再生。
「挨拶もなんか他の動画の人と違わない?」
最初は自分の動画を再生されることをめちゃくちゃ恥ずかしがっていたメルも、何度か繰り返して慣れてきたようだ。
「とは言っても、すでに視聴者の付いてる動画と、そうではないチャンネルの初動画では勝手も違うだろうし」
最初くらいは手堅く、丁寧にやるべきじゃない?
「お兄ちゃんたち、なにやってんの?」
不意に後ろから声をかけられ、振り返ると寝間着姿の水琴がいた。
「いっぱい心配したのに朝からもういちゃついてる……」
ジト目で睨まれるが、妹のジト目は嬉しくないぞ。
メルがぱっと席から立ち上がり、水琴に抱きついた。
「昨日はごめんね、水琴ちゃん。寝て起きたらすっきりしちゃった」
「まあ、メルさんがそう言うなら」
メルの言葉は強がりだ。今朝の様子を見た僕は知っている。
今もかなり無理をしているのだと思う。
頑張ってなんとかいつも通りを演じているだけだ。
「で、何やってたの?」
「この前のパワーレベリング関係だよ。家族だけじゃなくて、皆のレベルを底上げする雰囲気を作るにはメルの可愛さでバズるしかないと思って」
「あー、気にしてくれてたんだ。ありがと。それでTikTok辺りが狙い?」
「それとあとYoutubeかな」
「はぁ~」
水琴は深々とため息をついた。アメリカ人張りの大仰なアクションも付けてきた。
ウザい。
「全然駄目。全く駄目。これっぽっちもイケてない。どうせまずは自己紹介動画でもとか思ったんでしょ。根本的にそれ間違ってるよ」
「ええ、なんで?」
「メルさんの魅力をひとつ殺すところだったよ。いい、お兄ちゃん。メルさんはずば抜けて可愛いということに加えてもうひとつ大きな魅力があるの」
「その心は?」
「どこの誰だか分からないということだよ。メルさんの画像はあのとき撮られた何枚かだけで、それ以外の情報はなにひとつとして無い。分からないからみんな知りたがったの。バズりたいなら自分たちから自己紹介なんてとんでもない。もったいない」
それは盲点だった。
隠されたものを人は知りたがる。その欲求を利用しろと水琴は言っているのだ。
「あと最初の挨拶も駄目。こんにちはの時点でもう長すぎるよ。それこそ、メルだよ~、とか、こんめる~、くらいの長さじゃないと、そこでスワイプ、さようなら~」
「現代の若者短気すぎない?」
「お兄ちゃんもそのひとりなんだけど……」
僕はスマホで短い動画を見たりしないから、基準が分からないんだよね。
今回のために昨晩色んな動画を見はしたけど、本当に一夜漬けだ。
「口調もタメ口で、丁寧な口調だと見てる人が距離を感じちゃうでしょ。もっとぐいぐい行って大丈夫。皆が求めてるのは友達感なんだから」
「うーん、自己紹介が良くないなら最初の動画はどうしたらいいと思う?」
「ベタなのはダンス動画じゃない? メルさんがどれだけ踊れるか次第だけど」
「メルは運動神経いいから、なんならダンス見せたら一発でコピーできそうな気がする」
そこはほら、レベル補正もあるしね。
「メルさん、どう?」
「踊りだよね。収穫祭で踊ったくらいしかないけど」
「最近はどんなのが流行ってるんだ?」
水琴に聞くと、僕のまったく知らない言葉が出てきたが、それで検索するとすぐに大量に動画がヒットする。
「どれが元ネタかもう分かんないけど、こういうのが流行ってるのか」
僕はスマホで動画を再生する。
メルがその画面を見ながら、ふんふんと頷く。
「収穫祭のとは全然違うね。でも、できるかも」
さすがにリビングでは踊れるスペースが無いので、僕らは着替えて近所の児童公園に移動した。
夏休みの児童公園は、無人だった。
まあ、ここ住宅地の中にあってボール遊びとか禁止だしね。
児童公園って一体誰のためにあるんだ?
「じゃあ曲を流すよ」
僕はスマホのスピーカー音をちょっとだけ大きくして動画を再生する。
出だしの一音こそメルは遅れたものの、その後は音楽に合わせて動画通りの振り付けを踊ってみせる。
「え、すご」
水琴が語彙を失い、僕は言葉を失ってメルの踊りに見入っていた。
「メル、もう一回行ける? 水琴、動画流してくれ。僕は撮影するから」
僕はスマホを動画モードにして横持ちにする。
動画自体は後で編集すればいいので、録画ボタンはすぐに押した。
「オッケー、水琴、頼む」
「いくよー」
水琴がスマホをタップし、動画が再生される。
今度は最初の一音から完璧に、メルは踊って見せた。
僕は録画を停止する。メルと水琴が集まってきて、僕らはその動画を再生した。
「完璧やん」
僕と水琴は関西人になった。いや、元々関西人だ。
メルだけは喉を鳴らすように唸る。
「寄せが甘い。あ、ほら、今のところとか音楽とズレがあるよ。見栄えも良くないなあ。こことか、こうしたほうがよくない?」
メルは僕らから少し離れて、一部分をさっと音楽無しで踊ってみせる。
鳴っていないはずの音楽が聞こえた気がした。
「え? メルさんの隠された才能ってやつ?」
「メルは前から体を思い通りに動かすのが得意だったから、その延長だとは思う」
「にしたって、才能だよ、これは」
僕らがやいのやいの言ってる間も、メルはここはこうしたほうが、と言いながらダンスを修正していっていた。
それが通しで行われていることに僕らは気づかなかった。