第178話 計画を語ろう
「はいしんしゃ……? え? はいしん? えっと……」
メルの顔から紅が消えて、その目が半分閉じられた。半目が僕を見据える。
ジト目ありがとうございます。
「配信者。スマホの動画とかは見せたよね。メルにもそうやって動画に出演して欲しい」
「どういうことなのかな?」
メルは肩を竦めて、長々とため息をついた。調子が戻ってきたようでなにより。
「以前、メルの画像が広まって大変なことになりかけたことは覚えているよね」
「なんか変装させられてるのだよね」
幸い、メルスタイルがある程度広まったお陰で赤髪というだけで目線を集めることはなくなったが、メルが絶世の美少女であることに変わりはない。
メルが日本で出歩くときは、パーカーのフードを被るような顔が見えにくい工夫が必要だ。
「今回はその人気を逆に利用しようと思う。メルが映像を出せばバズる可能性がある」
「バズ……る?」
「たくさんの人に見てもらえるってこと。ちょっと話を戻すよ」
メルはこくんと頷いた。
まず情報をリセットしよう。
「僕が問題視しているのはこちらの世界でメルの世界で起きているような運営からの告知が発生した場合。メルの世界のようにプレイヤーと協力して危機に立ち向かうようなノウハウが僕らの世界には無い」
「うん」
「加えて言えば、こちらの世界ではレベルの高い人がほとんどいない。探索者、こちらの世界での冒険者みたいな立ち位置の人は、日本の場合だと全体の1割以下だ。さらに受肉したモンスターがほとんどいないから、ダンジョン以外でレベルが上がることもない」
この探索者の割合の低さは昨日の夜に調べて僕も驚いた。
大学卒業までに探索者登録をする人の割合はおよそ半数というニュースが頭に残っていて、半々くらいの割合だろうと思っていたのだ。
ところが実際には世界のゲーム化時点で社会人になっていたような人にとって、生命のリスクを取ってまでダンジョンでレベルを上げて金を稼ぐという必要性が特に無い。
すでに生活のための収入があるからだ。
故に年齢が上がるほど探索者登録の割合は下がる。
というか、去年の統計だと30代くらいを境にぐっと下がる。
まあ、ゲーム化から10年ちょいだから、そうなるんだろう。
探索者登録の割合が半々というのは去年の大学生から取った調査が元で、しかも登録者の半分以上が登録しただけで、さらにダンジョンに入った経験のある者もその半分が3層以降に進んでいない。
まあ、分かるよ。2層の壁は存在する。
1層はいいんだ。スモールスライムをプチプチしてるだけだから。
2層に入ると途端に生き物の形をしたモンスターが襲ってくるし、殺さなきゃいけなくなる。
これが壁になるのだ。
あとスモールスライムはなんの装備も無しに倒せるけど、2層からはなんらかの装備品がほぼ必須だ。
っても、まあ硬い棒とかでもいいんだけど。僕がメルにやらされたみたいに。
でも事前に何かを用意すると言うこと自体が一種の心理的防壁になる。
ストレス解消にスモールスライム潰しに行く人はいても、2層以降の命の取り合いに準備して向かう覚悟のある人は少ない、ということだろう。
「現状ではこの世界になんらかの危機が発生した場合に、プレイヤーはともかく一般人は何もできない可能性が高い。逃げることすらできないかもしれない。僕はこの現状を少しでもマシにしたいんだ」
「でも、どうするの?」
「そこでさっきの話に戻る。メルという素材の拡散力に期待して、ダンジョン攻略の手引きを動画にして配信するんだ。ダンジョンに行ったことの無い人に、お、これなら自分でもできそう、とか、やった方が得なんじゃないか。やらないと損じゃないかと思わせたい」
「冒険者ギルドのお仕事みたいだね」
「冒険者ギルドってそんなこともしてるんだ?」
「初心者講習とかやってるよ。せっかく冒険者になった人がすぐ死んじゃったらなり手が減るからって」
それ僕は受けてないんだけど。いや、メルも一緒に冒険者になったからメルもか。
まあ、メルに事前知識があったことは明白だから、ギルド職員もわざわざ説明しなかったのかもしれない。
「まあ、大体そんな感じかな。その初心者講習を誰でも受けられるようにして、少しでも多くの人にダンジョンに入ってもらってレベルの底上げをしたい」
レベルを上げてその実感を得れば、さらにレベルを上げるモチベーションにもなるはずだ。
さらに魔石を換金すればお金稼ぎにもなる。
そういうプラスのサイクルを活性化させることができれば、メルの拡散力を超えるうねりを作り上げられるかもしれない。