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第177話 そしてこれからについて話そう

「ごめんね」


 翌日になってようやくメルの声が聞けた。僕が自分の着替えを取りに部屋に戻ると、僕のベッドに横になっていたメルが上半身を起こしてそう言ったのだ。


「メル、僕は君に謝られるような覚えが無いよ」


 僕はデスクチェアをベッドサイドに移動させて、そこに座った。


 本当に覚えが無かった。むしろ僕が謝らなければならなかった。

 メルは正しい手順でドラゴンを討伐するべきだった。自分の力でレベルを上げ、金を貯め、仲間を集め、20層のイレギュラードラゴンに挑み、そして両親の仇を討つべきだった。その道を歪めたのは僕だ。


「だって、私はずっと嘘を吐いてた」


「メルには自覚があったの?」


「……」


 メルは押し黙る。

 彼女の性格を考えて見れば、答えられないということは、ちょうど半々なのだろう。明確に自覚があったのであれば、そう答えるだろうし、まったく無かったのだとしても、そう答える。

 僕の見立てが間違っていなければ、メルという女の子は嘘を吐くのが苦手だ。もしもそれすら嘘だというのであれば、こんな告白を僕にする必要が無い。


「私は! 私は……、自分が正しいことをしていると思ってた。正しい人間だと思ってた。でもあれが、あれが本当の私なんだ……」


「違うよ。メル」


 僕は彼女の手を取った。両手を重ねて、その両手を僕の両手で包み込む。


「あのドラゴンを相手に憎しみをぶつけたメルを僕は否定しない。僕を救ってくれたメルを僕は否定しない。みんなのためにドラゴンを倒したいって言っていたメルを僕は否定しない。全部、君だ。全部君の一部なんだ。君自身もそれを認めていいんだよ」


「でも、私は、私が怖い……」


「誰にだって恐ろしいことを考えることがあるよ。それが溢れ出す人だっている。我慢すらしない人だっている。メル、君には正しさの指針があって、そこから外れている自分を認められないだけなんだ」


 おそらくメルの指針は孤児院で身に着けたものなのだろう。正しくありなさい。その正しさとは人のためにありなさい。

 宗教家が言いそうなことだ。


 あれ、でもメルたちアーリアの人々は運営を信じているのではなかったっけ? 信じているというか、確実に存在はしているんだけど。教会や宗教家ってなんなんだ?


「ひーくんも? 怖いこと考えたりするの?」


 僕の思考はメルの言葉に遮られる。


「あったよ。メルに救われるまではそうだった。僕が虐められてた話はメルにはしてなかったよね」


 メルがこくりと頷く。


「僕は同年代の一部に目を付けられて暴力を振われていたんだ。最初にメルとあった頃の僕を覚えてる? あの弱っちい僕だったからさ、何の抵抗もできなかった。いや、しなかったんだ。でも1人でいる時なんかは、どうやってあいつらをボコボコにするかばっかり考えていたよ」


「それは、どうなったの?」


「うーん、レベル差見せつけて威圧したから、もう何もしてこないと思うけど、そしたら、まあ虚しい気持ちにはなったね。こんなものか、って。憎しみという感情を向けるのすら勿体ないって、僕はそうなった」


 そう言いながら、僕は気付いた。そうか、そういう気持ちのやり場もメルは失ったのか。


「メルにはきっとメルのやり方で、その気持ちと折り合いをつけなければならないのだと思う。それについては僕は手伝いしかできない。きっとメル自身が見つけることに意味があるから。僕は手伝いしかできないけど、それを惜しむことはしないと約束する。君を支えるよ。メル」


「ひーくんはどうしてそんなに私に良くしてくれるの?」


 答えは簡単だ。

 メルが好きだから。


 だけどそれをいま言うのはちょっと違うと思った。

 メルはとても弱っていて、そこに付け込むような感じになってしまう。


「だってメルは死にかけていた僕を救ってくれただろ?」


「お返しが多すぎるよぉ」


 少しメルの調子が戻ってきた気がした。

 今なら言える気がする。昨夜ずっと考えていたことについて。

 これは劇薬だ。どっちに転ぶ可能性もある。


「だったら余った分を返してほしい」


 僕はメルの手を握ったまま真剣な顔でその緑色の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「え? え、え……」


 そしてメルは忙しなげに、目線を動かした。心なしか顔が紅潮している。握った手も熱い。

 また体調が悪くなったのだろうか?

 今は引っ込めるべきか?


「詳しい話は後にしようか?」


 僕がそう言うと、メルは深呼吸した。僕の目線に目を合わせてくる。


「う、ううん。……いいよ」


「じゃあ、メル、こっちの世界を救う配信者になってほしい」


 僕はとっておきのアイデアを披露した。

 この世界の人々の生存率を上げる、僕の考えたたったひとつのやり方だ。

三年半お待たせした六章もこれで終了。

元々は20層ドラゴンを倒してハッピーハッピーエンドの予定でした。

でも好きにやってもいいやと思い直した結果、お待たせしたもののここまで描くことができました。


さあ、ここからは私の描く煉獄の始まりだ。

ハッピーなだけの話をお望みの方はここで評価を入れてどうぞお戻りを。

この先に進むのであれば、ここまでの評価を入れて10分お待ちを。

最高の感情ジェットコースターへようこそ、出発は17時50分。

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