第174話 ドラゴンを食べよう 2
やがてメルの喉が鳴って、ドラゴンの肉は飲み込まれた。
ドラゴン肉串もなんとか自分の手で持てるようだ。
それを確認して、僕らはそれぞれがドラゴン肉串を手に取った。
「本当は遺族が音頭を取るんだが、ええと汝らの無念は晴らされた。その血肉は我らと共にある。あーっと、とりあえずあんたらの分まで生きる!」
なんか後半は明らかに本来の言葉とは違ったが、誰も突っ込まずにそれぞれの肉に齧りついた。硬い歯ごたえに、味付けのされていない肉汁が溢れ出した。ぶっちゃけ、筋張っているし、美味しくはない。
調味料自体を持ち込んでいないので仕方ないし、これは楽しむための食事というよりは弔いなのだから、これでいいのかもしれない。そう思ってゴリゴリと肉を咀嚼していると、シャノンさんとエリスさんが同時に言った。
「まっず!」
正直にも程がある。それでも吐き出したりしないだけ真摯にメルの両親に向き合っているのかもしれない。
それぞれが最初の一口を飲み込んだところで、空気が緩んだ。
儀式は終わりということなのだろう。
「ドラゴンって初めて食ったけど、美味いもんじゃねぇな」
「調味料かも知れませんね。塩すら持ってきてませんでしたし」
「こいつが特別マズいだけかもなあ。ドラゴンって肉食だろ。ここでどうやって食料を得てたんだって話だし」
「他の魔物を食っても、腹の足しにはなんないか」
魔物は死んだら消滅しちゃうもんなあ。
「それで弱かったんかね」
「可能性はありますね。魔石ごと食べることでなんとか生を繋いでいる状態だったのかもしれません」
皆、話をして2口目に入ろうとしない。気持ちは分かる。食べ物自体は持ってきているし、別にこれを食わなければ飢えるというわけではないのだ。
そんな中、僕に抱えられたメルが自ら肉を口に運んだ。不味い肉を嚙んで、嚙んで、飲み込む。
「ひとまずメルは大丈夫そうだな。食うってことは生きるってことだ。生きる意思があるってことだからな」
「それでもしばらく休養が必要だと思います」
「かと言ってメルは独り暮らしだったよな。あんまり1人にはしときたくねーな」
それには完全に同意だ。
「うちに居てもらおうかな。ほら、家族も来ているし」
実際には日本の僕の家で、ということになる。
「カズヤのとこは部屋狭めーだろ。まあ、別の大きな部屋借りりゃ済むか。金には困ってねーもんな」
「いいんじゃないでしょうか。カズヤさんが責任を取るというのなら」
「家族が来てるんだってば」
各々、2口目に入り始める。
それを見て、ああ、一応出した分は食うのが礼儀なのね、と思って僕も肉を囓る。痩せた肉食獣の肉ってこんな感じなのかと、特に必要の無い知見を得てしまった。
いや、他の肉食獣にも当てはまるかは分からないけどね。
「ひとまずこれからだ。カズヤはメルを連れてさっさと帰るとして、その護衛とギルドへの報告にあたしかシャノンが同行。他のメンバーでこの場を保持ってのが妥当かね」
「調査員と、荷運び人員、その護衛を集めるのにどれくらい時間がかかるかですね。もしかしたら一旦調査員と護衛だけということもありえますけど」
「このドラゴンを持って帰るんですか?」
冒険者ギルドというのは魔石の買取か、依頼の達成証明、害獣の討伐証明部位しか受け取らないものだと思っていた。
「この辺りでドラゴンは珍しいので、死体が一部でも手に入るならギルドは欲しがるでしょうね」
「ドラゴンを食ったというのは一種の称号だからな」
ドラゴンスレイヤーならぬ、ドラゴンイーターかあ。
確かにダンジョンのドラゴンは本来死体を残さないから、ドラゴンの肉を食うには受肉した野生のドラゴンを狩る必要がある。
これはあくまで僕の想像だけど、そういうドラゴンって秘境めいたところに住んでいて、その場に行くだけでも大変そうだし、その肉を持って帰るとなるとなおのことだ。
ドラゴンの肉を食ったことがある、というのは、余程の金持ちか、そこに辿り着き、ドラゴンを倒せる強さの証明になる。まあ、本当に食ったのかって思われるだろうけど。
「んじゃアタシがギルドへ報告するわ。そいつよりは信用あるでしょ」
「はあ? お前が行ったら誰も信じねーよ」
自分かシャノンさんかって言ったのは自分なのに、エリスさんが噛みつく。これもう条件反射だろ。
2人がぎゃあぎゃあやりあっているうちに、メルは肉を食べ終わり、それから僕の体に手を回して、しばらく泣いた。