第170話 20層のドラゴンに挑もう 4
黒いボルトはやや放物線を描いて雪の塊に突き刺さり、そのままその中へと吸い込まれた。そのままなにも起こらない。
「ただの雪だまりだったんじゃねーの?」
長く続いた沈黙の後、シャノンさんがそう言った直後、雪の塊は動いた。いや、そいつは全身を覆う雪を振り払った。腹の底まで響くような激しい咆哮と共に。
この丘がなだらかで良かった。もっと急斜面だったら雪崩が発生していただろう。
「ドラゴン1、他敵影無し、見た目は30層のドラゴンに相当!」
二の矢をクロスボウに装填しながら、僕は叫ぶ。行くか退くかを決めるのはメルだ。
「みんな、倒すよ!」
「「おう!」」
「「はい!」」
二種類のハモった返事があって、僕らはそれぞれ配置に向けて走り出す。
シャノンさんとエリスさんは正面から、ヘイトを自分たちに引きつけるのが狙いだ。
その後方からロージアさん。少し遅れてニーナちゃん。
この4人がメインブロックだ。
メルは左へと回り込む。側面から攻撃を与えるのが彼女の役割。
僕は右。毒ボルトによってドラゴンの弱体化を謀りつつ、周辺への警戒を行う。
最優先すべき、他の魔物の存在は関知できない。まあ、このドラゴンのすぐ周りで魔物が潜伏しているとも思えないけれど。なにせ30層相当のドラゴンに見える。20層の魔物は恐れをなして逃げ出しているだろう。
「前方集中! 麻痺ボルト! 尻尾!」
麻痺毒は、まあ神経毒の一種ではあるんだろうけど、僕らが神経毒と呼んでいるものは致死性を狙ったもので対象に強い痛みを与える。一方、麻痺毒と呼んでいるものは、どちらかというと麻酔に近い。投与されるとその周辺は感覚がなくなり、麻痺する。もちろん過剰に投与すれば死に至るが、その致死量は神経毒と比べるとかなり多い。つまり沢山投与しなければ死なないと言うことだ。
そしてドラゴンというやつはとにかくデカいので、毒物が効果を発揮するには少々時間がかかるし、量も打ち込まなければならない。人間なら即死するような量の神経毒を打ち込んでも、しばらくしてから痛みで暴れ出す。
ただ麻痺毒は積み重なるように効果が上がっていくので、同じ箇所に打ち込めば打ち込むほど、その部位の動きが鈍くなる。そこで僕はドラゴンの大きな攻撃のひとつである、尻尾によるなぎ払いを封じるために、尻尾の付け根に重点的に麻痺毒を打ち込む戦術を使っている。
1本。
2本。
3本。
4本。
しかし5本目を用意する前に戦いの趨勢は決まりかけていた。ドラゴンは事もあろうか、メインブロックの面々に背を向け、丘の上に向けて逃走しようとしたのだ。
基本的にダンジョンの魔物は逃げるという選択肢を取らない。一部そういう習性を持つ魔物はいるが、ドラゴンはそうではない。
「ひーくん、右後ろ足! 麻痺毒!」
ドラゴンの巨体の向こう側にいて見えないメルから指示が来て、僕はすぐさま用意を終えた5射目を、ドラゴンの右後ろ足に命中させる。それと同時にドラゴンの陰からメルが姿を現した。魔銀の光が煌めいて、ドラゴンの左後ろ足が切断された。後ろ足を1本失ったドラゴンは体勢を崩し、倒れ込む。
うーん、僕の麻痺毒、必要だったかな?
「攻勢! 一気に決めるよ!」
これまで防御主体に戦っていた前衛2人組が攻勢に切り替える。背中を見せた敵に情けをかけるような思考が――あの2人にあるわけがないか。弱みを見つけたらとことんまでそこを叩くタイプである。
これまでパーティ資金から潤沢に支払われた報酬を使って、この2人も装備を強化している。パーティ活動ということもあって、比較的防具に重点を置いてくれているが、それでも余ったお金で武器の新調も忘れていない。
ゲーム的制約なのかは分からないが、アーリアで手に入るもっとも堅い武器素材は黒鉄というものだ。世界中で探せばもっと堅い素材もあるそうだが、ひとまずアーリアで手に入る最高はそれだ。
シャノンさんとエリスさんはその黒鉄装備で身を固めている。
もうこの2人で結婚しとけばいいんじゃないかな。まあ、アーリアに同性婚の制度はないんだけど。
結局なにが言いたいのかと言うと、この2人が同時に攻勢に回ったら、それを受けきれる魔物は、少なくとも30層までにはいないということ。
ドラゴンはせっかく僕が麻痺させた尻尾を切り落とされ、右足も切り落とされ、まるで解体ショーでも行われているかのようにバラバラになっていった。
そこでふと前衛娘2人組は動きを止める。
「あれ? こいつもう死んでね?」
「いやいや、魔石に変わってねーだろーがよ」
「だってもう動かんし」
エリスさんが剣をドラゴンの背に突き刺す。だがドラゴンはピクリとも反応しなかった。死んでいる、けど、魔石にならない。消滅もしない。
「受肉してる?」
僕は呟く。
魔物はダンジョン内で一定の行動を繰り返すだけの、一種のNPCだが、ダンジョンの押し出しによって外に排出された魔物は受肉し、生と自分の意思を持つようになる。だがダンジョン内にいるまま受肉した魔物の話は聞いたことがない。
「一回外に出て、戻ってきたとか?」
「受肉した魔物はポータルが使えないんじゃなかったっけ?」
僕らが意見を交わし合っていると、
「メルさん、もう止めてください」
ニーナちゃんの悲痛な声が聞こえた。