第169話 20層のドラゴンに挑もう 3
想定されているドラゴンの生息域に入った。
ダンジョンの魔物は一定の範囲内を巡回――あるいは徘徊――しているか、じっとその場に潜伏しているかだ。よってここから先、どこでドラゴンと出くわすか分からない。
僕らは声を潜め、足音を潜めて、ゆっくりと歩いている。
快晴だった空はいつの間にか曇天に変わり、雪がちらつきだした。おそらくこの先どんどん天候は悪くなっていくだろう。吹雪いて視界が遮られ始める前に目標を見つけ出しておきたい。
ペースを上げるべきだろうか。しかし急ぎ足になれば自然と足音が大きくなり、魔物から発見される危険性が上がる。ドラゴンの生息域だからといって、他の魔物が存在してないわけではない。他の魔物に絡まれている最中にドラゴンともエンカウント、というのが最悪の想定だ。
僕は振り返ってメルを一瞥した。僕はハンドサインで先を急いだほうがいいかと聞く。メルは首を横に振った。一応聞いてみたものの、僕もそのほうが良いと思う。
雪を踏みしめる音だけが聞こえる。その他の音は雪に吸収されてしまうのか、ほとんどなにも聞こえない。さっきまで晴天だったためか、大地を覆う雪はふんわりとはしていない。一部が溶けて凍り、誤って強く踏みしめると氷の割れる音がするだろう。
正直、かなり歩きにくい。スパイクもどきがあるから、なんとか歩けている、という感じだ。
しばらくして僕は皆に止まるようにハンドサインを出した。
前方、なだらかな丘の上に、不自然な雪の盛り上がりがある。
明確な違和感があった。
雪に潜って待ち伏せしてくる魔物はいる。だがそれらは目の前の盛り上がりほどの巨体ではない。大きさは30層のドラゴンに相当する。だがドラゴンは徘徊するタイプの魔物だ。ああして雪の下に潜むようなことはしない。
僕らは丘のふもとにあった窪みに集まって、小声で話し合う。
「僕はドラゴンだと思う。射程距離ギリギリから一発撃ってみて確かめてみたいんだけど、どうかな」
「いいんじゃね? 脅威になる可能性のある魔物なんて、イレギュラーのドラゴンくらいだろうし」
「ドラゴンはこちらの想定より遙かに強いかもしれません。イレギュラーにイレギュラーが重なっている状況は好ましくありません。私はしばらく様子見をすることを提案します」
シャノンさんは賛成、ロージアさんが別意見。
「様子見したい気持ちはあるけど、しばらく天候は悪くなっていくだろうし、手をこまねいていると、状況が悪くなっていくかもしれない。私はひーくんの意見に賛成」
僕らのパーティは物事を多数決で決めることはない。最終決定権は基本的にメルにあるし、撤退判断については全員が決定権を持つ。だからメルが僕の意見に賛成したということは、反対意見があるなら論破して、という意味でもある。
「足場が良くねーよな。あんまり考えたくはないがよ、万が一逃げるってなったときにこの足場で逃げ切れるんかね?」
「戦う前から敗北宣言か?」
「馬鹿だなあ。誰かが撤退の判断をしたら従う、だろ」
「私なら大丈夫です。ちゃんと走れます」
ニーナちゃんが手を上げて言う。撤退時に逃げ遅れる可能性が一番高いのは、まだ幼く、手足の短い彼女だ。逆に言えば彼女が走れると言った手前、他のメンバーは撤退不可は言い出しにくい。
こういう雰囲気で押し通すのはあんまり良くないとは思う。理詰めで考えるべきだ、と。
だけど、交戦を真っ先に言い出した手前、僕が自身を否定するようなことは言えない。
「じゃあ、ひーくんの提案で行くよ。全員、戦闘準備」
皆、その場に荷物を下ろし、武器を手に取った。僕はクロスボウの弦を引き絞り、金具に引っかける。
「神経毒でいい?」
「うん」
神経毒を吸い上げさせたボルトを装填。僕はくぼみから身を乗り出し、クロスボウを構える。
「ちょっと遠いな。相手のほうが高所にいるから、もっと接近しないと届かないと思う」
「じゃあ全員で行こう」
メルが言って僕らはくぼみから出て丘の上に向けて前進する。
彼我80メートル辺りまで接近した。雪の塊に反応はない。これくらいなら多少の高低差はあっても当たるはずだ。なんせ目標がかなりの大きさだから、むしろ威力の減衰を心配しなければならない。
「ここらでいいと思う」
「いいよ。やって」
「行くよ」
僕は引き金を引いた。