第168話 20層のドラゴンに挑もう 2
僕らはアーリアの20層、寒冷地帯の最終層までポータルで移動した。
途端に肌を突き刺すような寒さが僕らを襲う。今はまだ肌で済んでいるが、すぐに体の芯から凍え出すだろう。魔術で体を温めるのは必須だ。
構成を魔力で描き出すと、じんわりと暖かさに包まれる。
他の人の心配はいらない。アーリアの冬はこの魔術を習得していないと厳しい。薪をガンガンに焚くことでも凌げるが、そうするのはまだ魔術を習得できていない子どものいる家か、あるいは相当に裕福な家だけだ。
「ひゃー、涼しくていいねぇ」
強がりか、それとも本気でそう思っているのかシャノンさんが言った。まあ、さっきまで夏の日差しを浴びていたわけで、そう考えると言い分も分かる。すぐに発言を後悔するだろうことも。
まあ、パーティメンバーには僕の取り扱い商品ということにしてヒートテックを配ってあるので、他の冒険者が寒冷地帯に来る場合よりはマシなはずだ。
前衛陣には滑り止めの付いた軽作業用の手袋も支給してある。防寒という点では心許ないけど、武器を滑らせて取り落とすよりはマシだろう。
「それじゃ移動するよ」
いくら防寒対策をしていても、じっとしていては体の芯から冷えてしまう。とにかく体を動かして温めなければならない。僕は薄手の手袋をつけたままの手で、この階層の地図を2枚取りだした。
1枚は公的な20層の地図で、もう1枚は僕の手製の地図だ。どちらも欠けが多く、地図と呼ぶにはいささか大雑把だけど、必要な情報は大体揃っている。
20層のドラゴンはギルドが注意喚起をしている関係で、公的な地図のほうに大体の生息域が書かれている。とは言え、ドラゴンが棲み着いてから、その周辺がきちんと確認されたことがないので、この内容を鵜呑みにすることはできない。
普通に考えたら変化はないはずなんだけど、なにせドラゴンが棲み着くという最大のイレギュラーが起きてるもんね。
魔物の生息域が変化しているくらいはあるだろう。
そういう心持ちで僕は斥候として注意を払いながら先陣を切って歩く。
ドラゴンの生息域は攻略、つまりポータルからポータルへの経路からは大きく外れている。そうでなければ冒険者ギルドが意地でも排除しようとしただろう。
冒険者ギルドは冒険者に親身になってくれるわけではないが、魔石による収入がその屋台骨を支えているため、攻略に妨げになるようなことには敏感だ。
逆に言えばこのドラゴンは妨げになっていないと判断されたために放置されてきたわけだけど。
「じゃあ今のうちに確認しておくよ」
後ろからメルの声がする。
「相手として30層のドラゴンを想定してるけど、もし見た目が大きく違った場合は一旦様子見。当たってみた場合でも、様子がおかしいと思ったら誰でも撤退指示をして。誰か1人でも撤退と言ったら全員撤退すること。いい?」
全員から同意の声が上がる。これは僕らの基本方針でもある。前衛2人組は最初こそ渋る場面もあったものの、今はこのやり方に納得している、と思いたい。
「環境がいつもと違うから、そこだけ注意してね」
メルは軽く言ったけど、結構大きい違いじゃないだろうか。とは言っても、僕らは自力で寒冷地帯を抜けて先に進んでいるから、そうでもないのかな。
僕は前に出て戦うことはほとんどしていないので、その感覚は分からないけど、斥候してても結構足下は気になる。
なにせ積雪していて、その下には凍った地面があるのだ。
一応、僕が提案してスパイクシューズみたいな感じのものを作ってもらっているが、まだ開発中で履き心地は良くない。これでいつも通り戦える人たちのほうがおかしいんじゃないだろうか。
「みんないつも通りにやってくれたらいいから。他に提案とかある人はいる? いないね。じゃあひーくん、生息域に入ったら教えて。そこからは静かに移動しよう」
幸いにして今日は吹雪いていない。屋外っぽいダンジョンフロアは天候変化があるから、これは幸先が良いと言えるのではないだろうか。
僕らは雪を踏みしめて進んだ。