第166話 家族会議をしよう
「さて、和也に話を聞かないといけないわね」
場所は日本の自宅に戻った。酒場での話が終わる頃にはおねむになっていたメルをエリスさんが、僕ら家族をシャノンさんが護衛する形で帰路につき、シャノンさんと別れ、部屋に入ってキャラクターデータコンバートで地球に戻ってきたところだ。
僕の家族は手にした靴をいったん玄関に運んだ後でダイニングに再集合した。
時間は夜の10時前というところ。アーリアでは遅い時間だけど、日本ではそうでもない。家族会議を後日に延ばすのは難しいだろう。
「急に話が決まってしまっていたけど、ドラゴンを相手に危険は無いのか?」
父さんが椅子に座りながら聞いてきた。いつもより浅く腰掛けているように見える。肩を落としてお疲れの様子だ。
「正直に言うと分からない。30層のドラゴンなら問題なく倒せてるんだ。だけど20層のドラゴンって本来いないはずのモンスターだから、どういう強さなのか分かってない。普通に考えたら20層のモンスターだから20層準拠の強さだろうし、イレギュラーだとしても30層のドラゴンと同じだとは思う。見た目がもう全く違うとかならすぐに退くよ」
「30層って凄くない? お兄ちゃんのレベルはいくつなの?」
「今は41だね」
「ひゃー! 有名探索者でも40以上って聞いたこと無いかも」
確か日本の顔出ししている探索者で一番レベルが高い人で30くらいだっただろうか。もちろん外に情報を出していない攻略クランなんかもあるはずで、そこにはもっとレベルの高い人もいるかもしれない。
だけど地球がゲーム化してまだ10年と少しだ。最前線で戦っている人たちはパワーレベリングしてもらう相手がいないので、自力のみでダンジョンに挑まなければならない。最初期から生き延びている探索者でも、安全マージンを取りながらではレベル40に至るのは難しいだろう。
パワーレベリングを受けてでさえ、レベル40までは結構な時間がかかったのだ。それをまったくの手探りで、となるとその難易度は想像もできない。
「それらは全部いったん横に置きます。和也、ダンジョンに入っていたのね」
母さんははっきりと怒りの表情を浮かべていた。激怒だ。僕も居住まいを正す。
「はい」
「ダンジョンには入らないって約束したよね?」
「橿原ダンジョンには入らないって約束しました」
「そういう問題じゃないでしょ!」
詭弁なのは僕も分かっている。僕がダンジョンで行方不明になっていたことで、家族にはとてつもなく心配をかけた。だからこそのダンジョン禁止令だ。要は心配させるなと言いたいのだと思う。
「それにどうやってお金を稼いでるの!? まるでアンタが大金持ちみたいに言われてたじゃない。まさか何か悪いことをしてるんじゃないでしょうね!」
「違法なことはしてないよ! まあ、異文化交易と言うか……。こっちの物は大抵高く売れるというか」
100均のものを高く売りさばいている罪悪感があったので、言葉はつい尻すぼみになる。
「どれくらい稼いだの!?」
「えっと、家、城……」
小さな城が建つくらいは稼いだんじゃないだろうか? 少なくともエインフィル伯の金庫が底を突きそうになったとは聞いている。だがそのほとんどはパワーレベリングで使い、交易も減らしてきてはいる。
一方で冒険者としての真っ当な収入が増えてきていて、まあ、なんというか、僕だけではなく、パーティメンバー全員がそれなりに潤っているというのが現状だ。
「いえしろ?」
「今持ってるお金で家が何軒かは建つと思う」
冒険者ギルドには相当な数の金貨が預けられている。何軒かというのは、二桁までなら有効範囲だと言うことにしておこう。
「騙すようなことをしてるわけじゃないのね?」
「こっちから価格をふっかけるようなことはしてないよ。あくまで相手が付けた価格で売ってるだけだから」
「で、パワーレベリングをすると言ってたな」
父さんが話題を変える。ありがたいのでそっちに食いつく。
「そうなんだ。皆には悪いと思うけど、週末の時間でパワーレベリングに付き合って貰いたいんだ」
「それはどういうことなの?」
「……プレイヤーが関わってくるのか?」
母さんの疑問に、父さんが別の疑問を重ねてくる。
「お父さん、プレイヤーっていうのは?」
母さんから父さんへの質問。
「仮説としてはゲーム化初期からあったけれどね。これまで一度も確認されていなかったんで、最近は話題にすらなっていないけれど、要は運営はなぜこの世界をゲーム化させたのかってこと。この世界はゲームで運営がいるってことは、この世界で遊ぶプレイヤーがいるのではないかってな。ところが地球の情勢はプレイヤーが遊びに来るような環境とは言えない。彼らが地球文明というもの自体をコンテンツとして楽しむというのであれば、ゲーム化の必要もない。こんなシステムを構築したということは、つまり戦って遊ぶというコンテンツがあるということだ。和也が恐れているのはそれだな?」
「大体父さんの言うとおり。さっきあの2人から聞いた通り、あっちの世界では運営による告知の後に大きな危機がやってくる。あっちの世界では運営による危機の予言というように捉えられているみたいだけど、多分、僕や父さんの考えは違う」
「イベント、か」
「そう。プレイヤーに向けたコンテンツとして定期的に運営が危機を起こしているんだと思う。そしてそれが今後地球でも起きる可能性があると僕は思ってる。その難易度がカンストプレイヤーに合わせたものだとしたら、レベルを上げていない一般の地球人は何の抵抗もできない。いや、カンスト勢へのイベントだとしたら今からレベルを上げたところで焼け石に水なんだけど……」
「ソシャゲ系だと参加レベル自体は低いってこともあり得るな」
「そうだね。それでも最低レベルは定められていることが多いでしょ。運営がどう動くか読めない以上、可能な限りパワーレベリングしておくほうが安全だと思う」
「なるほど。パワーレベリング自体は安全に行えるのか?」
「僕らのパーティはパワーレベリングしてもらう側だったけど、ノウハウは蓄積してる。そこは安心して欲しい」
「となると時間と意思の問題か。父さんは和也の言う通りにしたいと思う」
「2人で納得してないで、分かるように説明して」
母さんに言われて父さんは少し考え込んだ。
「お母さんも知っての通り、これまで運営は地球で何かをするということはなかった。だからこれからもなにもしないと誰もが思い込んでいる。だけど和也が行き来できる世界では運営は積極的にイベントを発生させている。あちらの世界にはプレイヤーがいて、地球にはプレイヤーがいない。たぶん。しかしだな、和也が行き来できるということはプレイヤーにも同じことができるかもしれない。つまり運営が地球でイベントを発生させ始める恐れがある」
「運営が起こすイベントってどういうこと?」
「これは例えだが、この世界がテーマパークだと考えてみてくれ。恒常のアトラクションもあるが、それだけだと客は何度も来てはくれない。そこで季節に合わせたイベントを用意して、そのたびに顧客に足を運んで貰うようにする。夏らしくホラーイベントだとしてみようか。アトラクションやキャストがホラーっぽくアレンジされていることもあるだろうが、その手のイベントではテーマパーク内の何でもないところでゾンビが急に襲ってくる、というようなものもあるだろう」
「ダンジョンの外でゾンビに襲われるかも、ってこと?」
「そういうことが起きる可能性もある。そしてそれはテーマパークのキャストではなく、我々にとっては本物の、ということになるだろう」
「狙われるのってプレイヤーだけじゃないの?」
水琴が手をあげて質問する。
「さっきの話を聞く限り、その望みは薄そうだ。自衛のためにレベルを上げておくという和也の判断は正しい。だが……」
「ねえ、だったら友達とかその家族にも教えてあげなきゃ!」
父さんが言いよどんだのはまさに水琴が声を上げたことに関連することだろう。
「信じてもらうのは難しいんじゃないかな」
僕が答える。
「だったら友達もあっちに連れて行って説得すれば!」
「水琴、それは僕に犠牲になれってことか?」
「え?」
なにも考えていなかったのであろう水琴は目を丸くした。
「僕のこのスキルはあまりにも影響力が強い。世間や政府に知られたら、僕の人生はあっちとこっちを繋ぐゲートとして永遠に使役されるか、あるいはもうこちらのすべてを諦めてあちらに行ってしまうか、ということになるんだよ」
僕の言葉に水琴は返事に詰まったようだった。父さんも母さんも押し黙っている。
「と、友達にも口止めするから」
「水琴、僕はこのスキルが世間に知られたら、その時点であちらに行って戻ってこない。もうそう決めてあるんだ。頼むから僕にその選択肢をとらせないでくれ」
「で、でも友達が……」
「分かってる。僕だってイベントが発生することをなんとか世間に警告したいとは思ってる。だけど僕自身が犠牲になろうとは思わない。だから一緒にいい方法を考えてくれ」
ぱんぱんと父さんが手を叩いた。
「ひとまず和也はメルさんの目的を達成する。その後、皆のレベリングをする。同時に世間に警告する方法を考える。話を聞く限り、イベントの発生前に告知があるようだから、そこまで気にしなくてもいいかもしれない」
父さんは自分が楽観論を口にしていることに気づいているだろう。いったん、この場をまとめるための言葉だ。
「こういう方針で行こう。和也は明日へ備えなければならないだろうし、今日はこの辺でお開きにしておこうか。お母さんも言いたいことは色々あるだろうけど、今はこらえてやってくれ。まずは明日和也が無事に帰ってくるように祈っていよう」
そう聞いた水琴が僕に向かって手を合わせた。
「南無阿弥陀仏~」
それだと僕もう死んでることにならないかな。