第165話 告知について話を聞こう
両親にお酒を飲むか聞いたが、今はアルコールを入れたくないとのことで、僕らはみんな果実水を頼んだ。
アーリアで果実水というと基本的に丸絞りで、その調理方法は簡単だ。
レバーを上げ下げする機械に、果実をセットして、レバーを下げて押しつぶす。それだけ。柑橘類っぽい100%ジュースが、あっという間に人数分完成して、僕とメルでお金を払いつつ受け取る。
この時間のこの酒場には給仕がいないので、注文したらカウンターでお金を払って商品を受け取るスタイルだ。
ひとまず全員でよく分からない乾杯をして、果実水に口を付ける。家族は皆緊張していたのか、味を確かめた後はごくごくと飲みきっていた。
「告知を聞いたことがないんだっけ?」
シャノンさんが確認するように言った。
それに対して父さんが答える。
「一度だけ聞いたことはあります。なのでどういうものかは理解しているつもりです」
「じゃあ、別に話すことなくね?」
僕は慌てて補足する。
「頻度とか、内容について教えていただけませんか。僕もこちらに来てからの経験しかありませんから」
「そうだなあ。何ヶ月かに一度くらいか。前回はダンジョンの溢れだっけ?」
「それは前々回じゃね? 前回はあれだよ。どっかの遺跡かなんかで不穏な兆候があるとかふわっとしたやつ」
「ああ、そうだっけか。そういう内容分からんやつのほうがヤバいとは聞くよな」
「プレイヤーが関与する難度だと、冒険者が調査に行っても、って感じだしな」
「プレイヤー?」
母さんと水琴はぽかんとしていたが、ゲームをプレイする父さんには思うところがあったようだ。表情が真剣なものに変わる。
「プレイヤーがいるんですか?」
「あ? カズヤ、お前、どんな田舎の出なんだよ」
「相当遠くだよ。信じられないくらい遠く」
「まあ、いいか。プレイヤーって奴らはほとんどがアタシらより遙かに強い。噂ではもうレベルが上がらないって言うほどだ。そいつらが束ンなってようやくなんとかなるくらいの危機が起こりそうになると運営が告知を行う。それが運営告知だよ」
「なるほど。参考になりました」
僕とアーリアの人たちでは認識が違う。父さんは多分僕側の解釈のはずだ。つまり運営は危機が発生しそうになると告知を行うのではなく、告知を行って危機を起こしている。
そしてこの世界と、あっちの世界が行き来できるほどに繋がっているということは、いずれあちらでも同じようなことが起きる可能性があるということだ。
「それで家族をこっちに呼んだついでに、家族のパワーレベリングもしておこうかなって思ってるんだ。2人にも協力して欲しくて」
「金の臭いがする話だね」
「それはアタシらを別口で雇うって話だよな」
「もちろん手間賃はちゃんと支払うよ」
「和也、そんな話は聞いてないぞ」
してないからね。
「父さんは分かったはずだよ。ちょっとでもレベルを上げておかないと危ない」
「どういうこと?」
母さんが聞いてくる。
「詳しい話は帰ってからするよ。今はこっちのことを信じてくれたなら大丈夫」
「それは信じるしかないけどねえ。こっちでの和也ってどんな感じなんですか?」
「うーん、成金?」
「言葉を選んで!!」
「他に言い方があるかよ。レザスんところに出入りして大金を稼いでるってのはアーリアの人間なら誰でも知ってるだろ」
「それはそうなんだけどさ」
「パーティメンバーとしては頼りになるというより、細かいところに気が付いて助かってる」
「そうなんですね。ダンジョンはどのくらいまで?」
母さんがさらっと質問する。
「今は30層でドラゴンしばき倒してるな。正直、稼ぎとしては割りが良くないんだが、まあ、パーティ結成の目的が目的だからな」
「目的?」
母さんが聞くとエリスさんはちらっとメルに目線を向けた。メルの個人的な事情が絡んでいるので話していいか分からなかったのだろう。がさつな人だが、そういうところはしっかりしているのだ。
「この町の近くにあるダンジョンには本来30層にいるはずのドラゴンが1匹、20層に棲み着いているんです。攻略ルートから外れた場所ですし、ドラゴンは旨みのある魔物ではありません。長年放置されていて、これを解消するのが私の望みなんです」
メルが引き継いで説明する。両親のことを言わなかったのは、わざわざ言う理由が無かったからだろう。
「それで和也はメルさんの望みを叶えようとしているわけね」
「まあ、そういうことになるかな」
「後で説明してもらうからね」
母さんの表情はともかく、目は笑っていない。無断でダンジョンに行っていたわけだから、そこを詰められるのは仕方がないところだ。
「それでパワーレベリングはどういうスケジュールでやるんだ?」
「いまドラゴン退治を練習してる時間を充てたいと思ってる。もちろん残りのメンバーにも了承してもらえたらの話だけど」
「別にいいけどよ。それだと20層のドラゴン退治が遅れるんじゃないか?」
「それはひーくんとも話したから平気だよ」
「いーや、良くない。ドラゴン退治から離れたら勘が鈍る。なんのためにドラゴンばっかり狩ってるんだよ。リーダー、先に20層のドラゴンを叩くべきだ」
「そこはまあアタシも同意だな」
珍しく男の趣味以外でエリスさんとシャノンさんの意見が一致する。
「今のパーティはなんやかんや旨みがあるからよ。これまではあえて言わなかったけど、正直、念には念を入れすぎだぜ。現状でも30層のドラゴンなら2匹までならどうにかなるだろ。20層のドラゴンが30層の強さだとしても、余裕を見過ぎだろ」
「20層のイレギュラーなドラゴンは情報が少ないから、できるだけ余裕を持ちたいんだよ」
「それってどこまでだ? アタシらは冒険者だ。未知に挑むのが仕事だろ。多少の危険は誰だって承知の上だ。そんなこたぁニーナでも分かってる。準備はもう足りてるんだ。もちろん最終的に判断するのはリーダーだけどな。どうなんだ、メル?」
「私は……」
メルは言葉に詰まる。その目がこちらを向いた。
「ひーくんは家族の安全のためにパワーレベリングしたいんだよね。それなら……」
言いかけたメルに手のひらを向けて僕は制止する。
「いや、差し迫った危険があるわけじゃないと思う。エリスさん、シャノンさん、運営の告知は実際に危機が始まるどれくらい前にあるの?」
「大体半月から一ヶ月くらいにはあるな」
というか、なんでお前も知らんの? みたいな目を向けられたがそれは無視。
「それなら急ぎってわけでもないよ。現状戦力で20層のドラゴンに挑むなら、明日にでも挑戦しよう。ヤバそうなら逃げるくらいはできるだろうし」
「だったら、うん、そうしたい!」
メルがそう言って、そういうことになった。