第162話 一番身近な人に相談しよう
「メル、協力してほしいことがあるんだ」
「いいよ」
内容も聞かずにメルは即答した。
だけどまずはメルにこのことを伝えなければならないだろう。
「20層のドラゴン退治が遅れることになると思う」
「うん。分かった」
メルにとっては悲願だったはずの両親の仇討ちを目の前にしての足踏みだというのに、メルの返答に迷いは無い。
「いいの?」
「だってひーくんがいなかったら、私はまだ冒険者にもなれてないよ。それにひーくんが私を頼ってくれるのって珍しいもん。私にできることならするよ」
「ありがとう。助かるよ。まずは僕の家族に全部明かそうと思う。その上で、家族のパワーレベリングをする」
「???」
メルはきょとんとした顔をする。アーリアでもそうだが、町の中で職を持っている人は、特にレベルをあげたりはしない。レベルを上げるのは町の外に出る必要のある人たちか、あるいは冒険者だけだ。
日本の町に住んでいる僕の家族にレベル上げが、それもパワーレベリングが必要なのがよく分からないのだろう。
「町の中は安全だ、という思い込みがあったんだ。僕にもメルにも」
「どういうこと?」
「アーリアの町の外には魔物がいるよね」
「うん」
「魔物が町の中に入って来ないのはどうしてだっけ?」
「結界があるからだよ」
「それだ」
僕は指摘する。メルは結界があるから町は安全だという思い込みがあった。だから日本の町も結界に守られているのだと思っていたに違いない。
「あっちの世界に結界という技術は無いんだ。どこかにはあるかもしれないけど、一般には出回っていない」
「ええ? じゃあどうやって侵入を防いでるの?」
「侵入以前に、ダンジョンの外にはほとんど魔物はいないんだよ。発見されているダンジョンは全部魔物が出てこないように抑え込んでる」
未発見のダンジョンで階層の繰り上げが発生し、何階層か分のモンスターが外に溢れ出していた事例はあるけど、今のところそういう場合でも掃討し、ダンジョンを管理することに成功している。
「溢れの出てるダンジョンもどこかにあるとは思うけど、あっちはまだダンジョンが生まれて10年と少ししか過ぎてないんだよ。ダンジョンを出て受肉した魔物が蔓延するほどの時間が経っていないんだ」
「うーん、だとしてもパワーレベリングが必要なほど切迫しているようには思えないけど」
「運営が告知する定期的な危機があちらでも発生し始めるかも知れない。僕はそれがこちらの世界より苛烈な危機になるんじゃないかと恐れているんだ」
普通に考えれば、新ワールドなんてより既存エリアより難度が高くなるのが当然だ。それなのに現行の地球はアーリアより快適で安全ときている。プレイヤーにとって魅力が無い。まあ、こちらとは時代の違うワールドとして、そういう需要はあるのかもしれないけれど。
「全部僕の推測だけど、将来の危機を見落として家族を危険に晒したくない」
卑怯な言い方だった。家族を喪っているメルにこの言葉が響かないわけがないから。
「正直、それでも足りないかもしれないと思ってる。だけどやれることはやっておきたい」
アーリアのダンジョンは深いダンジョンではないと聞いたことがある。大迷宮と呼ばれるような深いダンジョンがプレイヤーの遊ぶエリアなのだとしたら、地球でも同程度かそれ以上の危機が発生するかもしれない。だとすると僕らのレベルであっても安全だとはとても思えない。
僕が考える順番としてはこうだ。
僕の家族をパワーレベリングする。→20層のドラゴンを倒す→より深いダンジョンのある町に移動し、そこで僕らのレベルをさらに上げる。可能であればパワーレベリングで。
そうなると資金がさらに必要なので、鏡を売りまくったこの国とは別の国で、可能だったらまた鏡で一儲けしたいところだ。流石に今のパーティメンバーに付いてきてくれとは言えないな。アーリアに家族のいる人もいるわけだし。
エリスさんとシャノンさんは言ったら付いてきてくれそうだけど、うーん。前衛としては超優秀なんだけど、同じくらいトラブルメイカーだからなあ。
「じゃあまずはひーくんの家族にどう伝えるかだね」
「そうだね。まずできることからやっていこう」