第161話 対策を考えよう
「ひーくん、大丈夫?」
「あんまり良いとは言えないかな」
強がりを言う余裕も無かった。
レザスさんのところを辞した僕は、メルと一緒に帰路についている。
レザスさんから教えて貰った最も重要な情報は、運営はプレイヤーのためにイベントとして災害を起こすことがあるということだ。しかもそれはプレイヤーが介在しなければ対処しきれない規模になる。
メルやレザスさんは、運営が避けられない災害を事前に告知してくれていると思っているようだが、僕の見解は違う。運営はプレイヤーのためのイベントを発生させている張本人だ。
新規追加サーバである地球の所属する世界は、このゲームにとって初心者向けのサーバなのか、それとも既存プレイヤー向けなのかで話は大きく変わってくる。
もしもアーリアのある世界でのストーリーが終わりを迎えて、新しいストーリーが地球で始まるというのなら、それは既存プレイヤー、つまり非常にレベルの高いプレイヤー向けのイベントが発生するだろう。
だとするならば、地球人類はまったく準備ができていない。国家における軍隊や警察のような組織はこぞってダンジョンでレベル上げに勤しんでいるが、一般人の大半はレベルを上げていないし、上げていても週末冒険者だ。
プレイヤーに頼らない限り、地球人類はなすすべも無く蹂躙されることになるだろう。
かといって、一個人である僕になにができる?
もちろん僕のこのスキルを含め、一切合切を公表する。あるいは公的機関を頼る、という手もあるだろう。異世界の映像を持ち帰ったり、あるいは信用のある人物を異世界に連れて行って証言して貰えば、信じてもらうことはできる。
だけど、その後はどうなる?
運営が地球でイベントを起こすというのはあくまで推測だ。それが何時、どんな規模で起きるのかはまったく分からない。
一方、僕のスキルは現時点で効力のあるものだ。
国はきっと発表はしない。僕を軟禁しようとするかもしれない。そしたら僕はアーリアに逃げて二度と戻らないんだけど、そういうことをすぐに理解してもらうのは難しいだろう。
SNSなどを通じて個人的に世界に発信するのも危険だ。まず信じてもらえるかが分からないし、信じてもらったとしても大混乱が起きるだろう。なんにせよキャラクターデータコンバートを公開すれば、僕や家族の身が危険だ。
「メルが運営の存在を信じているというよりは、認知している理由がようやく分かったよ。頻繁に告知が行われているからだったんだね」
アーリアの人は神を信じない。なぜなら運営が明確に存在していると知っているからだ。
「そういうものじゃないの?」
「あっちで告知があったのは過去一度だけなんだ」
世界のルールが書き換わったあの日の、ただ一度だけ。それ以来、運営はどんな災害が控えていたとしても沈黙を貫いてきた。
なぜこの情報を得たのが僕なんだ。もっと信用のある人や、頭の良い人ならいい解決策を思いつくに違いないのに。アーリアでは新進気鋭の商人にして冒険者だけど、日本では一介の高校生でしかない。僕の発信力や発言力などたかが知れている。
それでも何もしないわけにはいかない。いつかは分からないけれど、運営はいずれ地球でもイベントを発生させるに違いないからだ。だけど僕は自分や家族、メルの安全も確保しなければならない。すべてを一気に公開するわけにはいかない。
まずは信用できる人への情報開示が必要だ。
とりあえずは家族へ、ということになるだろう。父さんや母さんは地球でも探索者として登録し、ダンジョンに入りレベルをあげることができる。だけど中学生の水琴はまだ探索者としての登録すらできない。
それに家族の安全を確保するという意味では、全員をアーリアでパワーレベリングしてしまうのが一番手っ取り早い。
アーリアだと水琴くらいの年齢でも普通に冒険者してるからね。
まずは家族に全てを明かし、この情報をどう扱うか、相談することになるだろう。