第158話 贈り物をしよう 2
「危険、ですか?」
僕は当惑して言葉をそのまま返すことしかできない。
鏡は鏡だ。危険物ではない。それに百均の鏡なら散々卸してきた。何が違うというのだろう?
「この国の鏡と言えば金属でできた映りの悪いものだった。君の持ち込んだ鏡はあまりにもよく映る。だがそれだけだった。実際の光景に比べたら劣って見える」
確かに百均の鏡は映りが良いとは言えない。実際に僕もそう思うから、今回の鏡を別物として持ってきたわけだし。
「現実をそのまま映すほど精巧な鏡は危険だ、ということですか?」
「価値の問題だ。これは同じ大きさの宝石と同等の価値がある。こんなものを献上すれば、エインフィル伯は君を逃がさないよ」
「これまでお世話になりましたというお礼の気持ちだったのですけど……」
「2枚用意したのは何故だ?」
「1枚だと国王陛下に献上は避けられないと思ったからです。2枚あれば領主様の手元にも残せるかな、と」
「その気遣いは美徳だが、君は自身の価値について無頓着なところがあるな。1枚しかないのであれば、なんらかの偶然でできたものだと言い訳できる。だがどうせこちらにはまったく同じものが入っているんだろ?」
「そう、ですね」
「寸分違わず同じ物があるということは、それを繰り返し生産できるということだ。君は近々、この町を去るのだろう? これまでは君から今後も利益を得られるから手出しされず、むしろ守られていた。これまでの取引で鏡も相当数が得られたから、これ以上は逆に価値が下がると、エインフィル伯も君が去ることを了承していた。だがこれが伯爵の手に渡れば……」
僕は何かを言おうとしたが、口の中がカラカラに乾いていることに気付いて、冷えたお茶を一口飲み込んだ。
「とは言え、伯爵でも君に手出しするのは躊躇われる。1つだけ確認をしてもいいかな? これは本来聞いてはならないとされているのだが……」
「なんでしょうか?」
「君はプレイヤーか?」
「は?」
言葉の意味が分からず、変な声が出た。僕は相当間抜けな顔をしていたと思う。
異世界言語理解が誤訳を起こしたのかと思った。アーリアは中世ファンタジー風な世界で、プレイヤーなんて言葉が現地の人から出てきていいはずが……。
いや、パワーレベリングとかは普通に使われている。メルも運営がこの世界を管理していることを認知していた。
いや、問題はそこじゃない。
この世界がゲームであることをレザスさんが知っているということは些細な問題だ。地球では人類全てに対してアナウンスがあったほどだ。この世界でも過去に同じようなことがあって、知識人は知っていると言う可能性はある。というか高い。だってメルが運営のことを知っているわけだし。
問題はそこじゃない。
「プレイヤーが、いるのですか?」
プレイヤー。そう、プレイヤーだ。
この世界はゲームだ。地球はかつてはシミュレーターだったが、ゲーム会社に買収されてゲームとして魔改造された。僕ら地球人はその大きく変遷した世界で新たな生き方を模索しているわけだが、ではそのゲームをプレイしているのは誰だ?という話だ、これは。
地球ではゲームと言ってもシミュレーションゲームのようなものだろうという結論に達している。それはプレイヤーが現れないからだ。地球にダンジョンを作り、魔物を放って環境変化で遊んでいる。そんな風に思われている。
だけどアーリアではプレイヤーという存在が認知されているのか?
僕は思わずメルを見たが、彼女はきょとんとした顔をしていた。それは会話の内容が分からないというのではなく、僕の反応が分からないという風に見えた。よくある、それぞれにとって常識過ぎてお互いに知らないことを知らなかったパターンだ。
「その反応を見るにプレイヤーでは無さそうだ。だけどプレイヤーを知らないなんてことはありえない。カズヤ、君は何者だ?」
「……自分でも分からなくなりました」
世界がゲーム化しても僕らは自分の人生の主人公だった。プレイヤーというのなら人々が、人類全てがプレイヤーなのだと思っていた。だけど違うというのか? この世界には明確にこの世界を遊ぶために現れるプレイヤーという存在がいて、彼らのためにこの世界は存在しているというのか?
ガラガラと世界が崩れる音を聞いた気がした。